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展望

科学的社会主義の展望  2022年7月~12月


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●月刊「科学的社会主義」No.295 2022年11月号
    透徹したリアリズム―山川均の「非武装・中立論」
                                社会主義協会代表   石河康国

 脱占領を1年後に控えた1950年、日本は歴史的岐路に立っていた。講和を「西側」とだけ締結する「片面講和」か、すべての国と締結する「全面講和」か、「冷戦」の一方に立つかそれとも中立かの選択であった。社会党は「平和三原則」(全面講和・中立堅持・軍事基地反対)を決定していたが、朝鮮戦争も勃発し、「中立」や「非武装」は現実的か否か、再軍備論もふくめて深刻な議論が各界で交わされていた。
 ウクライナ戦争や米中対立激化が「新冷戦」と称される今日、当時の山川均の「非武装・中立」論は味わい深い。
 「『最小限度自衛のため』のといえば、ほんのちょっとばかりのように聞こえるが・・・最小限度に於ても、原子力兵器に対して自衛のできるていどの武装のことなのだ」。「中立は武力によって守られなければ効果はない―こういう主張もあるようだ。・・・ドイツの兵力に対抗しうるていどの軍備があったら、ベルギーは兵力によって自衛しえたわけだ。それ以下の軍備には自衛の意義はない。・・・『自衛のための最小限度』などというのは言葉のアヤというもので、実際には最大限度の軍備の事なのだ。・・・いったいスイスは、いつその軍隊の力をもって中立を維持したかね。またそういう必要がおこった場合、スイスの兵隊さんは何ほどかの足しになるだろうか・・・。日本もそのおもちゃの兵隊さんがほしくて、せっかくの現行憲法を変えようというのかね」。
 これは雑誌『前進』1950年2月号に寄稿した「講和・中立・非武装」(『全集17巻』収録)の一節である。山川のシンプルな論理は透徹した見通しを伴い、今こそリアルである。「自衛のための最小限度」は70年後の今「敵基地攻撃能力」保有に至り、GDP比2%以上の防衛費をめざすことになる。「原子力兵器に対して自衛のできるていど」とは「核保有」に他ならないが「非核三原則」も骨抜きにされつつある。
 なお、了解しておいていただきたい事がある。山川の周辺には、ソ連を「赤色帝国主義」と見做し日本に侵略してくる可能性を主張する向きもあった。山川自身もソ連の「膨張主義」には不信を抱いていたが、ソ連侵略に備えるべしという極論には反対であった。そこでこの論文も、権力側の再軍備論への駁論だけでなく、左翼内の極論をも意識したものであった。これから紹介する論稿にも、「ソ連の侵攻」の可能性も全否定はしない前提で論理が展開されていることを念頭においておこう。なおこの問題については拙著『マルクスを日本で育てた人』Ⅱ(社会評論社)「第11話」を参照されたい。
   *
 1951年1月に、社会党は「平和四原則」(全面講和・中立堅持・軍事基地反対・再軍備反対)を決定した。これを貫徹しようとする左派と、「単独講和」容認の右派が分裂するのだが、右派は「西側」への統合を容認し「日米同盟」に加担して行く。一方で、米国は日本の再軍備を要求していた。そういう中で執筆されたのが「平和憲法の擁護」(「社会問題研究所研究資料3」1951年3月)で、吉野源三郎が注目し『世界』10月号に再録された。翌年11月には『山川均著 日本の再軍備』(岩波新書)として刊行される。戦後の山川の論稿では「社会主義への道は一つではない」とならび大きな社会的な影響を与えたものと言ってよい。
 先ず山川は「軍隊のない独立国家はありえない」という主張を取り上げてこう述べている。「侵略にたいして主権と独立を衛るにたるような軍隊」を「はたしていくつの国がそういう条件にかなった軍備をもっているだろうか」。ソ連とアメリカの他には「ただの一国もない」ではないか。「世界の平和は、すべての国々が独力で自らを衛るにたる軍隊をもたないことから脅かされているのではなくて、むしろ少数の国が、そのような例外的な武力をもつ国家としていまなお残っていることによって脅かされている」。
 次に「最小限度の軍備」論を批判する。「『最小限度の』ということは、わが国の経済財政のゆるす『最大限度の』軍備のことなのである。・・・国際情勢の今後の緊張は、日本の軍事力になにごとかを期待する国々―とくにアメリカ―の、『最小限度』というものの評価をしだいにせりあげてゆくだろう。」
 最後にこう見通している。
 「日本を非武装のままでおくことの危険は絶無ではないものの・・・それは日本がとる対外政策のいかんによって、最小限度まで小さくすることができる。これに反して再軍備とこれ関連する一連の対外政策―国際的に対立する二つの勢力の、どちらかに身売りする政策―はこの危険を最大限度に大きくし、やがてはこの危険を現実化するおそれがある。・・・再軍備は日本を運命的に軍備競争に巻き込むことによって、・・・究極的には、日本の経済を破滅に追い込むだろう。・・・戦争への道は、巨大な特別利潤を軍需産業資本の手に集積するが、国民大衆の生活水準は引き下げられる」。「世界のどこかの一角で、冷たい戦争が熱い戦争となって燃え上がるなら、日本民族は、知らぬまにこの戦争の火炎のなかに立たされているだろう」。
 続けて「非武装中立は不可能か」(1952年5月、『日本の再軍備』収録)を読んでみよう。
 「中立を犯す者にたいして中立を衛るにたる強大な軍備」を要するという議論に対し、「現実の世界では、げんに中立的な立場に立つ国々は、例外なく弱小国なのである。」「これらの弱小国の軍備は、原子力で武装した強大国の戦力から見れば、真空ではないまでも真空にひとしいものである」と指摘する。「ところが強大国」はそうやすやすと弱小の中立国に侵入できないのが「世界の現実なのである。」
 それでは朝鮮戦争をどう考えるか。山川は避けて通らない。「6月25日(1950年―引用者)の事態にかぎっていえば・・・まず武力による攻撃を加えたのは北鮮側であって、北鮮側の侵略ということになる。北鮮の背後にあるものがソ連だったとすれば、ソ連の侵略ということにもなる。ではソ連の侵略は、朝鮮が真空状態だったために起きたのだろうか。・・・南鮮が真空状態だったから侵略がおきたという主張には、私は疑問がある。李承晩の政府には、アメリカの兵器で武装された兵隊があったばかりでなく、その軍隊にはアメリカ人の軍人顧問までついていた。・・・もし何事かを学ぶべきならば、それは真空だったから侵略されたということではなくて、わずかばかりの軍備では侵略は防げぬということでなければならない」。「学ぶべきはそれだけではない。朝鮮は北から南へ、南から北へと何度も戦火のローラーにかけられた。・・・ことのような悲惨は、南鮮が真空状態だったからおきたのか、それとも南鮮が真空状態でなかったためなのか。もし南鮮が真空状態におかれていたならば、・・・侵略の悪鬼と平和の女神とがこの国土の上に支配を争うことがなかったなら、おそらくはこれはどの悲惨事は起きなかったろう。日本を真空状態にしておかぬために軍隊をつくり、侵略を防ぐために外国の軍隊によって護られることが、もし日本を第二の朝鮮にすることを意味するなら、これは平和と安全の保障とはいわれない」。
 なお、朝鮮戦争については、当初はソ連が後押しした「北」の侵攻という見方が大勢であったが、参戦したのは米軍の本格参戦に危機感を持った中国であった。だから山川は次の様に付言している。「北鮮の武力攻撃を、ソ連の侵略と見る人たちの見解にしたがって、私もソ連の侵略という言葉を用いたが、・・・朝鮮動乱が、単純にソ連の侵略と見られぬことはいうまでもない」。そのうえで「ソ連にたいするアメリカの軍事的優越のみが、世界の平和を維持し日本を侵略から守る保障であると主張する人は、ソ連の軍事力をつねに劣勢におさえておくような、なんらかの現実的な方法を知っているのだろうか。そういう方法のないかぎり、それは際限のない軍備拡張競争の思想であって、軍備拡張競争によって世界の平和が保たれたためしはない」と喝破した。
   *
 山川は「弱小国の軍備は、原子力で武装した強大国の戦力から見れば・・・真空にひとしい」と指摘していた。事実、独力で「防衛」できる国など「核抑止力」を保持する国だけであって、他国は「核の傘」に依存するほかないというのが。その後の世界を支配した軍事的リアリズムとなった。
 米国は核大国の特権を手放さず、ロシアは核使用の恫喝を繰返している。NATO加盟も米国の「核の傘」に入ることを意味するのであり、そのことがまたロシアを刺激するという悪魔の循環に陥っている。このようなことを繰返していたら地球は破滅するだろう。
 一方、米国は小規模紛争では「アジア人をアジア人とたたかわせる」姿勢で一貫してきた。「日本の軍事力に期待する国々―とくにアメリカ―の、『最小限度』というものの評価」は「しだいにせりあがって」きた。自衛隊は有数の軍隊となった。装備は米国から買い取ってきた。そして今や日本の防衛産業の育成がはじまった。「巨大な特別利潤を軍需産業資本の手に集積」させるのである。
 「ソ連にたいするアメリカの軍事的優越のみが、世界の平和を維持し日本を侵略から守る保障である」という主張は、「ソ連」を「中国」におきかえてみればいい。それは「際限のない軍備拡張競争の思想であって、軍備拡張競争によって世界の平和が保たれたためしはない」のである。
 「世界のどこかの一角で、冷たい戦争が熱い戦争となって燃え上がるなら、日本民族は、知らぬまにこの戦争の火炎のなかに立たされているだろう」という警告はリアルだ。
 ウクライナ戦争ではロシアの侵攻とNATOの対応のどちらに批判の比重を置くか議論はつきない。世界第二位の軍事大国・中国の「覇権主義」への危惧が、対中国軍事包囲網形成批判の勢いをそぐ傾向なしとは言えない。しかし山川は、ソ連「膨張主義」への懸念を隠すことなく、否、だからこそ「非武装・中立」を説いた。
 私は社会主義協会の先達として山川均を有すことを大事にしたいと思う。
     (いしこ やすくに)


●月刊「科学的社会主義」No.294 2022年10月号
    参院選の総括から日常活動へ、そして統一地方選へ
                              社会主義協会 事務局長   福田実

 はじめに
 「『動けば人と繋がれる』。とても印象的な言葉である」。本誌22年8月号の展望欄でこの言葉が紹介されていた。この言葉は岡崎新社会党委員長が、岡崎彩子さんの言葉として紹介した(新社会党参院選対本部ニュース6・19)。この言葉は新鮮さがあり、実感があり、人と繋がる喜びを感じさせる。上記の岡崎委員長の言葉は次の様に続く。「その土台は、皆さんの選挙活動が作り出しているものです」と感謝の意が述べられている。「その土台」は同志の汗の結晶ではあるが、その規模・回数等は期待に応えられたのか。
 「人と繋がる」大切さは、先達の言葉として本誌でも紹介されてきた。例えば「もっとも、広範な大衆、何よりもまずプロレタリア的勤労大衆と、だがまた非プロレタリア的大衆とも、結びつきを保ち、彼らに接近し、必要と有ればある程度まで彼らと溶け合う能力」が必要とレーニンの言葉を紹介している。(20年10月号・上野義昭論文)
 向坂逸郎の『レーニン伝』ではクルプスカヤの『レーニンの思いで』の一節を紹介している。「この時期に(*レーニンが)やったことは、英雄的な行為ではなくて、大衆と密接な結合をつくりだすことであり、大衆に近づくことであった。我々は、大衆が最も望んでいることを言葉に現すことを学ばねばならなかった。我々が大衆を理解し、また大衆が我々を理解するようにするのを学ばねばならなかった。大衆を我々の側へ獲得することが目標だった」など枚挙がいとまない。彩子さんの言葉は、「大衆と如何に結びつくか、大衆を如何に組織するか、大衆の政治意識を如何にして高めるか」の命題を思い起こさせる。

 1 安倍元首相の「国葬」
 安倍元首相の憲法違反の「国葬」や「統一教会と自民党・議員などの密接な関係」が大きく報道される昨今(9月上旬)である。
 安倍元首相の「国葬」に対しては、全立憲政党が反対声明等を出した。また、東京弁護士会など法曹界、市民団体、宗教団体、労組等々が反対声明等を続々発表している。
 世論はどうか? NHK等マスメディアー10社での世論調査での国葬への賛否(7月末以降)は賛成37・6%、反対51%で国葬反対が賛成を13・4%も上回っている。
 反社会的な集団である旧統一教会と自民党(議員)の「癒着」問題も有り、これらの影響で岸田内閣支持率は急落傾向である(特に毎日新聞は支持36%、不支持54%、しかし他社は未だ支持の方が高い)。
 岸田内閣は安倍元首相の「国葬」を強行するだろうが、撤回しても、政権への不信感は残るし、私たちの今後の闘いで不信を拡大させなければならない。

 2 反社会的な集団・旧統一教会と自民党・議員
 さて、旧統一教会と自民党議員の「密接な関係者(*筆者説明、以下同じ。加藤晋介弁護士は「相互浸透」と分析)」は120人以上と報道される。先の内閣改造後でも大臣・副大臣・政務官が名を連ねた。安倍元首相がビデオメッセージを寄せ、何度も教会機関誌の表紙を飾った(6回)と言われる。彼らは旧統一教会の「広告塔」として霊感商法など悪徳商法の被害者を増加させた。また、教会信者の士気を高める役割を果たし、献金を増加させ、被害家庭を崩壊させた。
 自民党執行部は当初、党と教団の組織的関与は「一切ない(茂木幹事長)」とし、個々の議員に説明を委ねたが、内閣支持率急降下で8月26日、やっと自民党として旧統一教会と自民党議員の接点の有無をアンケート調査するとなった。しかし、「組織として統一教会との関係はない」の姿勢は維持している。その言葉は信用できない。まして「相互浸透」ならばなおさらである。
 2015年の「世界平和統一家庭連合への名称変更」は安倍内閣の下村博文文科相時代である。自民党の憲法改定案が、勝共連合(*1968年文鮮明が韓国・日本で創設。なお、日本の統一教会の初代会長は勝共連合の初代会長でもあった)のそれと「うり二つ」であることも指摘されている。勝共連合の改憲案を下敷きにしたと考えるのが自然だ。
 また、自民党と統一教会は「反共」を前提に、「憲法改悪」「防衛力強化」「正しい結婚観・家族感」で自民党夕力派と通じる。そしていま憲法「改正」運動に神社本庁・日本会議・勝共連合が合流している。
 岸田首相は9条を中心に「壊憲」を狙っている。しかし、その成功には内閣や自民党への高い支持率が前提となる。「安倍国葬反対」「統一教会と自民党(及び自民党議員)の癒着解明」は護憲のための闘いでもある。

 3 「火事と鐘楼」―少数が如何に多数を支配するか
 さて、内閣支持率を急落させた二つの要因であるが、統一教会問題で言えば、「(旧統一教会とは)知らなかった」「確認できない」と騙そうとしている。
 「国葬」はどうか。費用は会場費・設営費など2億5千万円と公表されたが、周辺警備費用や参列の海外要人接遇費は含まれず、終わってみれば桁が違う莫大な費用になる可能性が強い。
 振り返れば、昨年の東京オリンピック・パラリンピックの当初予算は7300億円。「コンパクトな五輪」を売り物に国民を騙し、終わってみれば総額「3兆円超」である。
 「いかに国民を騙すか」という命題は岸田政権だけでなく、支配階級にとっては体制を維持する骨幹である。大先輩の堺利彦の「火事と半鐘(1921年)」の一節を思い出す。
 「さて、ずいぶん古い昔から、この世の中に富たるものと貧しき者とがある。富たるものは常に少数である。貧しき者は常に大多数である。そしてその少数の富たるものは支配する。その大多数の貧しき者は支配される。何千年来その同じことをやりつづけている。ところが、貧しき者、支配される者がとかく不平を起こす。そこで富たるものが知恵を出して、その不平を紛らわそうとした」と階級支配の実態に触れている。
 この小論文に何度か出てくる「貧しきものは人がいいものだから(*騙される)」の「人がいい」人たちに理解できる言葉で、支配階級の本質を暴露する能力と、宣伝する力量と行動力を持ちたいものである。

 4 参院選総括から日常活動強化を経て、統一地方選へ
 さて、参院選が終わり、各政党や色々な組織がその総括を進めている。弱さを克服し、長所を伸ばし、来春の統一地方選に臨むことや次期国政選挙に臨むことが求められる。大事なことは選挙本番に至るまでの闘いである。
 本誌22年8月・9月号でも「総括」に触れている。新社会党も「中間総括案」の議論段階である。全国の各選挙区の闘いが把握できていない上に、東京の比例区・選挙区(候補者=服部良一社民党幹事長)の総括も議論途中なので、東京での闘いの「感想的な総括」を述べたい。
① 闘って良かったのは、現在地(到達点)が把握できたこと。彩子さんの票は12年前の原和美さんの半分であり、社民党比例票も12年前の半分である。それは新社会党・社民党等の力量・影響力が半分に落ちている証左ではないか。今後の闘いは現在地から考えるのであり、それが把握できた。
② 社民党は政党要件を確保した。社民党・新社会党・緑・無所属議員・労組(有志)・市民等が一緒に汗を流して確保した約126万票、得票率2・37%であることを社民党は「肝に銘じ」、その前進のために尽してほしい。
③ 社民・新社・緑等々の「共同選挙」は緒に就いたばかりと思う。「共同選挙」の意識は一部に止まっている。そこに止まっていれば各地域での獲得目標や共同行動をお互いに知恵を出して企画し、行動するとはならない。「売り」の一つであったはずの「共同選挙」を有権者へどれほど浸透させたかと思う。
④ 私は東京北区(人口35万人、世帯数20万、有権者29万人)に居住だが新社会党が配布したビラは世帯数の3分の1である。駅頭・街頭は事前・本番で94回実施したが、その内、社民党北との行動は9回に過ぎない。新社会党区議の地元を除けば 北区内駅頭(9駅13出口)も一巡したに過ぎない。訪問・電話も目標の半分以下である。
⑤ 東京の有権者は1145万人で「ホンの一部有権者」を対象にアピールできたに過ぎない。しかし、私たちは現在地(到達点)を把握した。ネットの活用も含め、1億人超の有権者に「どう広げるか」、そのために何か必要かを問われている。
⑥ 前述した状況は私たちの現力量を示すと共に、時間と主体的力量があれば票を伸ばす余地が大いにあるとも言える。「政党要件確保」選挙を脱して、どう前進するか具体策が問われている。選挙時だけの訴えで前進するのは限界がある。前進する要石は「日常活動」である。勤労国民の声を受けとめ、その課題に対して先頭に立ち、奮闘する姿を日常的に示すこと等が信頼を得ていく道だと考える。そのためにも「我々は、大衆が最も望んでいることを言葉に現すことを学ばねばならない」。
⑦ 来春には統一地方選がある。組織と運動は闘えば前進するが、闘わなければ後退する。その第一のハードルは候補者の擁立であるが、その前に日常活動強化による条件作りが必要である。それは候補者擁立の、勝利の、下地作りになる。
 東京の社民党票は全都の各自治体で2人の自治体議員を当選させる可能性を示すものであった。今後、社民・新社・緑等と協力し合って相互に前進を図りたいと思う。
     (ふくだ みのる)


●月刊「科学的社会主義」No.293 2022年9月号
    世界の変容と参院選の成果
                             社会主義協会代表  石河康国

 参院選は、世界が新たな局面に入ったなかで実施された。
 まず、6月末に開催されたNATO首脳会議は世界の変容の象微であった。NATOの戦略文書(戦略概念)に中国への瞥成が記載された。バイデン大統領は「ロシアと中国の挑戦の両方に対応するため、同盟国を集めた」「世界は変わった」と宣言した。岸田首相が日本から初めて参加し、「ウクライナ侵略はポスト冷戦期の終わりを明確に告げた」と発言し、NATOのアジア・太平洋地域への関与を積極的に求めた。NATOと日米安保という二大軍事同盟を融合させ、中国包囲網の先頭に立とうというのである。
 「ポスト冷戦期」とは何であったか。ソ連の崩壊以降、新自由主義が猛成を振るい、資本は無人の野を走るように短期の利潤獲得に走った。その無理はリーマンショックで露わになり人民の反抗を招いた。その反省から欧米では財政出動による富の再分配も試みられた。オバマ大統領の核軍縮提唱やNATO加盟国の防衛費削減が進んだ。
 だが資本主義の利潤追求衝動は一定の制約をうけただけであった。他方でNATOの東方拡大とプーチン大統領の大国ロシア再興の妄執は緊張を高めていた。環境や持続可能な社会に配慮する投資を優遇する傾向への兵器産業(社会的に有害とされた)の不満は鬱積していた。米国はNATO国に防衛費のGDP比2%以上を求め始めた。ウクライナ戦争は事態を一変させた。戦争ほど景気に関係なく税金で保証される儲け囗はない。「国際秩序維持」の大儀名分の下で、兵器産業は「社会の持続」に必要な存在へと格上げされた。
 しかし列強のブロック経済体制時代とはことなり、戦争は、グローバル経済下での世界に国を超えた混乱と生存の危機を生む。最大の貿易相手国である中国包囲網の形成は日本にとっても重大なリスクとなる。日米がNATOと一体で無謀な道に踏み込んだとはいえ、こうした動向に世界は逆らう。国連総会では、ロシアの侵略を肯定するのはごくわずかだが、欧米主導の諸決議にも4分の1から半数弱が賛成はしていない。イラク戦争以降の米国の所業と「民主主義の価値観」の押し付け、ウクライナ戦争長期化で欧米露の兵器産業が儲けるのに反して途上国が食料高騰と飢餓に苦しむ現実への反発である。まずは早期に停戦し、世界の分断をしてほしくないというのが人民の声だ。欧州諸国もゆらぎはじめ、フランスでは左翼統一戦線が躍進した。

 「普通の国」になってはならない

 だが日本は暗黒に向かいかねない。階級闘争の主体が微弱であり、世界の悪しき変容がすぐに政治を左右するからだ。
 世界の主要国が対中包囲網に参加し、防衛費GDP比2%以上を実行するなかで、9条を破壊し日本を軍隊を公認する「普通の国」に変身させる企みが一気に進む。わずか一行足らずの「自衛隊の明記」は、国家の在り方を、規範を変える。9条は壊されても生活や自由を守れるというのは幻想である。9条を活かそうとしてきた勢力には、「普通の国」になってはならないと訴える覚悟が要る。
 だいたい日本という国は普通ではない。独・伊は軍隊を保有しているとはいえ、戦争責任を果たし反省と謝罪をした。一方、天皇制が断罪されなかった日本は、戦後補償や徴用工問題に象徴されるように、世界の常識からはずれているのだ。そんな国が米国の「核の傘」の下で軍隊を公認し軍拡を進めたら、アジアの諸国民はどう思うだろう。核武装を強化して日本への「抑止力」を高めようとしても不思議ではない。
 せめて日本にだけは軍隊を公認する「普通の国」になってほしくないという願いは、発展途上国や中国との関係を大事にしたいアジアの民衆の切望であろう。
 問題は改憲勢力の攻勢に、立憲野党が冷静に世界の現実を直視し正論を訴えられるかどうかにかかる。これは容易なことではないが、参院選は小さくとも反撃拠点を創出した。

 右傾化攻勢に踏みとどまった社民党

 日本社会党が西欧社民主義政党に比して優れていたのは、軍事力による国家防衛を否定したことであった。9条の精神を体現してきたのである。社会党が主導した日米安保条約反対闘争は、NATOに反対しなかった西欧社民主義政党主流には考えられないことである。その社会党の多くが民主党系政党に併呑されたことは、9条擁護の主力の自壊であった。
 とはいえ社民党が残り、社会民主党宣言で村山政権下における自衛隊・安保、消費税容認を転換し、「日米同盟基軸」と「論憲」の立件民主党への合流を拒み、新生民主党として存続したことは、日本社会党の長所を継承する存在が生き残ったことであった。そして今次参院選では、「絶滅危惧種」と嘲笑されながらも社民党は立派に踏みとどまった。
 社民党は比例得票は125万8621票で、福島みずほ党首が当選。得票率2.37%で「政党要件」を満たした。「れいわ」の半分、NHK党とほぼ同じなので、たいしたことではない。しかし、社民党の全国比例票は、21年衆院選101万8588票(各ブロック比例の合計)、得票率1.77%、19年参院選104万6011票、2.09%だった。福島党首の集票力があったとはいえ、20年末には社民党から相当数が立憲民主党に離脱し組織力量は大きく減退したことを勘案すると前進だ。一方、立憲民主党の得票率は19年参院選の得票率15.8%から12.77%へ、共産党の得票率は同じく8.95%から6.82%へと大きく後退し、「れいわ」の得票率は一九年とほぼ同じだ。
 社民党への支持が増えた理由は、第一にその公約であり、第二に新社会党をはじめ共同でたたかったことである。
 参院選挙の公約で立憲民主党は「着実な安全保障」を強調し、「日米の役割分担を前提とした防衛体制を整備」とか「領域警備・海上保安体制強化法」を「選挙公報」にも明記した。有権者は、立憲も防衛力の強化が必要と考えていると理解したであろう。日米安保条約依存を一層強め、尖閣諸島や沖縄はじめ南西諸島周辺の軍事力による「領海警備」をめざしていることも読みとれる。立憲民主党の政策には、「日米拡大抑止力協議をハイレベル協議に格上げし…日米同盟の信頼、連携、抑止力を強化する方策について緊密に協議します」ともある。米国の核の傘依存の強化まで提言しているのである。
 これでは国民民主党の公約と大差ないし自民党の公約とも一部重なる。この公約に共感するような有権者は自民党に投じるであろう。支持者離反の一因と思われる。立憲民主党は9条に自衛隊を明記することには反対を公約している。この公約を貫くために、「日米同盟基軸」の呪縛から脱してほしい。それは野党共闘再建のためにも必要だ。共産党も当初は「自衛隊活用論」やロシア・中国が目についたが、選挙では真正面から武力で平和は守れないことをアピールした。この姿勢を堅持することを期待する。
 参院選は改憲国民投票の前哨戦だった。風当たりが強くとも、国防強化の先にはアジアの緊張と戦争、防衛費増による生活破壊が待ち受けることを宣伝・扇動しておくことは、「票」と天秤にかけられない大事な立憲野党の仕事だった。
 社民党がゆらぐことなく「武力で平和はつくれない」、「軍拡競争は国民生活を破壊する」「沖縄・南西諸島を戦場にするな」と訴えたことは、少数ながら意識的な有権者の共感を得、猛烈な右傾化攻勢によく耐えたと言ってよい。

 共同と新社会党の役割

 第二に、政党要件を維持した社民党を軸に新たな共同の芽ができたことである。
 社民党の比例名簿に新社会党からおかざき彩子さんを搭載し、社民党との共同名簿を構成した。そして無名の新人であるおかざき彩子さんは1万7466票を獲得。社民党名簿登載者8人のうち三番目の得票だった。ロスジェネ世代の問題をストレートに訴えたおかざき彩子候補の姿勢と、社民党と共闘し護憲「第三極」形成をめざす新社会党の態度が好感されたと思われる。
 もう一つ東京選挙区の結果に注目したい。服部良一候補の得票は5万9365票とふるわなかった。立候補表明が遅く知名度が浸透せず、支持層が重なる山添拓、山本太郎両氏が維新などと接戦だったことが要因であろう。けれども東京の社民党比例票は18万061票(2.86%)。21年衆院選での9万2995票(1.44%)、19年参院選での10万3758票(1.80%)から約倍増だ。東京でも立憲民主党への離脱で、党組織の実態がない行政区も少なくなかった。それでも服部さんの心意気に感じ、服部選対は「総がかり選対」となり、社民党と新社会党、緑の党、全労協系労働組合、無所属自治体議員、市民活動家の共同を生み、かつてない連帯が地域につくり出された。比例の共同名簿方式を活かし、全国的にも新社会党が大事な役割を果たした県・地域は多い。新たな共同の姿に期待が寄せられたと思われる。
 参院選は小さな灯を守ったにすぎず、広く連帯を求めていかなければ吹き消されるであろう。しかし、国会で護憲派が少数だからと言って国民投票結果がそうなるわけではない。立憲野党が結束すれば、9条改憲は阻止しうる。命がけの飛躍を試みる改憲派も失敗は許されない。野党を最大限切り崩せなければ発議自体を躊躇するだろう。従来の経験則では予測できない野党の流動もありうるが、どのような流動も、小さくとも質の良い核がなければ生かせない。
 まずは、来年の自治体選挙も含め社民党を軸とする共同をしっかりとしたものとすることである。
     (いしこ やすくに)


●月刊「科学的社会主義」No.292 2022年8月号
    野党自滅の参議院議員選挙結果

                             社会主義協会 理論部長  野崎佳伸

 改憲勢力が参院でも3分の2以上を獲得
 7月10日に投開票された参院選挙は自民党が大勝し、立憲民主党(17議席)、日本共産党(4議席)、国民民主党(5議席)はいずれも議席を減らした。自民党は改選124に欠員補充1を加えた125議席の過半数となる63を単独で獲得した。日本維新の会は改選6議席を12議席へと倍増させ、れいわ新選組は3議席を獲得、社民党は1議席を死守し、かろうじて政党要件を保った。投票日の2日前には安倍晋三元首相が銃撃され死亡するという事件が起きたが、大勢は既に決していたと見てよい(事件のあった奈良選挙区は例外かもしれない)。
 主要各党の比例代表得票率について、昨秋の衆議院選挙結果との比較で見てみよう。与党の自民党(今回34・4%)と公明党(同11・7%)はいずれも微減。公明は3年前参院選よりも比例で14議席減らした。立憲民主党は衆院選20%から今回12・8%へと大きく減じ、票数では1149万票から677万票への減であった。維新は衆院選14%から今回14・8%と大きくは伸びていないが、比例代表選では得票数、得票率とも立憲民主党を上回った。共産党は7・3%から6・8%に後退。国民民主党は比例得票率では4・5%から6%へと増加させている。れいわ新選組は3・9%から4・4%への増。社民党は1・8%から2・4%への増であった。
 結果として改憲に前向きな自公維国4党の今回獲得議席は93であり、非改選84とあわせて177議席となり、参議院の3分の2にあたる166議席を11議席上回った。

 立憲民主党の敗因
 筆者の見るところ、野党の敗因は直接的には次の3点にあると思われる。
 第一は、野党第一党の立憲民主党の動揺である。昨年の総選挙終了以降の立憲民主党の取り乱しぶりには目を覆いたくなるものがあった。選挙区では野党共闘の成果を得て議席を増やしたにもかかわらず、比例区での予想外の後退に狼狽し、急きょ執行部を一新したものの支持率は回復しなかった。そこに連合新会長の芳野友子の介入もあって、過去二回の参院選での候補者一本化に背を向け、今回32の改選一人区で自民党との一騎打ちに持ち込めたのは11選挙区のみであった。結局一人区では野党は4勝28敗、前述のように立民は改選23議席を17議席まで減らし、国民民主党も7議席を5議席まで減じた。参院選直前に実施された杉並区長選挙では、昨年総選挙で吉田はるみを当選させた市民と野党の共闘が継続し、新人の岸本聡子を187票の僅差で当選させたのとは極めて対照的であった。
 第二は岸田文雄首相の徹底した欺瞞的「安全運転」である。岸田首相は昨秋の自民党総裁選挙では「新しい資本主義」を掲げて勝ち抜き、総選挙をも乗り切ったが、その中身はあいまいなまま据え置かれ続けた。総選挙中に立ち上げた「新しい資本主義実現会議」が「実行計画」をまとめたのは通常国会終盤間際の、本年6月のことだった。しかもその内容たるや、アベノミクスや菅義偉前首相にも忖度するあいまいなもので、総花的かつ玉虫色で当初の「分配重視」は背後に追いやられた。筆者はバイデン米大統領の肩を持つつもりはさらさらないが、少なくとも2020年大統領選挙に向けてバイデンが掲げた経済政策の中には、サンダース支持派への配慮も強くあって、富裕層や法人への増税、国際的租税回避の是正などが含まれていた。新型コロナが世界的な格差拡大の実態を明らかにしたこともあり、欧米では格差の是正、新自由主義の修正に向かう傾向が確かにみられる【注】。また、気候変動危機への対処も、少なくともウクライナ戦争勃発までは世界的論議が活発化しつつあった。

【注】その成果の一つは『格差と闘え』(O・プランシャール、D・ロドリック編著、吉原直毅解説 慶應義塾大学出版会 2022年3月刊)に見られる。

 岸田首相の「新しい資本主義」はこれらに比べ具体性でも大きく見劣りがする。そこには、参院選挙終了後、解散総選挙が行われなければ3年間、大型国政選挙が実施されないという「黄金の3年」が得られるからという計算があった。そしてそれまでは政局を揺るがすような論議は徹底して回避してきたと言える。だが、今後は違う。2年後には自民党総裁選挙が控える。岸田首相は再選に向けて安倍派など夕力派の支持取り付けのため、まずは年末での「国家安全保障戦略」「防衛計画の大綱」「中期防衛力整備計画」の改定で、日米韓台やクアッド(日米豪印)での日本の軍事分担を積極的に引き受けようとするであろう。そして防衛予算を急テンポで増額させ、米国や日本の軍事産業の歓心をかおうとするであろう。また改憲に向けては国会の憲法審査会での合意形成を加速させるに違いない。
 第三に、ロシアによるウクライナ侵攻が岸田に与えた時間的余裕だ。実は本年に入って新型コロナ感染第6波がこれまで以上に急拡大していた。だが2月24日に始まったこの侵略戦争はコロナ感染への関心を遠ざけ、惨事便乗型の言動をほしいままにさせた。中国の仮想敵国視を肥大化させ、台湾有事をあおった上で、安倍元首相の「敵基地攻撃能力」や「核共有」発言、自民党の「防衛費5年間で倍増、GDP比2%」提言がそれで、維新も「防衛費倍増」「自衛隊を9条に明記」と踏み込んだ。更にはエネルギー不足に関する国民の不安をあおった上での「原発早期再稼働」は、岸田首相や自民党に加え、公明党、維新、国民民主党も公約にかかげさせた。対して左翼リベラル陣営内ではNATO拡大の経緯をめぐる意見が対立したまま推移している。かくして国会論戦も低調なまま終了した。概して岸田首相はツキにも助けられ、当初の目的を果たしたといえよう。

 政権担当能力の構築を
 立憲野党勢力のより長期的な反省として、政権担当能力を身につけることの怠り、中・長期的な「モラルのある産業政策」「国民に寄り添う経済政策」の提示能力を身につけることへの怠慢が挙げられるのではないか。今回、野党はエネルギーを含む物価高騰に対して緊急的な経済対策、特に消費税率の引き下げや一時停止を訴えた。しかし新自由主義と決別した上でどのような経済社会を目指すのか。現状の企業社会を前提とした上での再分配の強化を語るだけで良いのか。参院選直後に実施された共同通信社による世論調査によれば、参院選で何を最も重視したかという問いに対して「物価高対策・経済政策」との回答が42・6%と最も多く、また「岸田内閣を支持する最大の理由」は「ほかに適当な人がいない」が36%で最多であった。こうした世論調査の結果は長年にわたり共通している。有権者は何をどのように解決するのか、各政党の政策に目を通し、耳を傾けている。れいわ新選組はおそらく経済対策に最も時間を割いて、或いは特化して演説し強調した政党である。しかしそれは当面の緊急対策の域を超えていないように見える。短期決戦の選挙戦ではある程度やむを得ないにせよ、長期的な経済社会のありかたを日頃から練り上げ、国民と対話していく姿勢が求められていないか。有権者は当面の生活苦のみならず、将来の雇用、年金・社会保障制度の持続可能性、子供の出産・養育・教育、財政の持続性~税負担増など、先を見つめた不安を同時に抱えている。それらを、現在の企業社会、ナショナルセンターとしての連合の在りようを今のままにして改善できるはずもない。そしてその議論に参加するにあたって、マルクスの思想や理論を持ち込むことは有益であるはずだ。欧米のマルクス理論家は早くからそのようにふるまってきている。そしてそれは将来の社会主義社会の運営能力を我々が獲得する道のりにもつながるだろう。
 日本の左翼には伝統的に経済政策が弱いという特徴がある。かつては現実政策の呈示を「改良主義」とさげすむ風潮もあった。「社会主義にならなければ何も解決しない」「社会主義になり、計画化すれば自ずと解決する」という、克服されるべき二つの空想的社会主義思考は今でもある。

 動けば人と繋がれる
 新社会党の岡崎宏美委員長は6月17日の檄で、おかざき彩子候補の談として「動けぱ人と繋がれる」と紹介している。とても印象的な言葉である。
 今次参議院選挙は、新社会党が自らの党員を候補者として比例代表に名簿登載して闘った実に久しぶりの国政選挙であった。昨年来、「日本にも一つくらい社会民主主義政党があっても良いじやないか」とかつて訴えていた元社民党党首も含めて、多くの国会議員、地方議員が立憲民主党に移行し、あるいは離脱していった。そうした中で共同テーブルに参加された学者・文化人をはじめ、多くの人々が想像を絶するご苦労を重ねられたと推察する。そして、闘ってみてどうだったか。
 確かにこの選挙では、これまで接触の無かった、或いは薄かった、党派をこえた人々が繋がることができた。信頼感や感謝の念を相互に共有する広がりができた。東京では「こんなに夢中でかかわった選挙は初めて経験した」という活動家もいる。「やってみて楽しかった」とも言う。社民党の比例名簿を借りて登載すること、或いは選挙区選挙で社民党公認候補を推薦し協力することに不満をもらす新社会党党員もいた。しかしそれらの人々も含めて、結果的には多かれ少なかれ活動に参加した。友だちというものは困難な時に分かる。そして、何よりの成果は若者の政治参加が広がったことであろう。本誌6月号で佐野修吉さんが表明したように、この成果を組織、機関紙の拡大に結び付け、来年の統一自治体選挙に向けて活かしていくことが新社会党に求められている。
     (のざき よしのぶ)


●月刊「科学的社会主義」No.291 2022年7月号
    戦争の犠牲者は95%一般市民

                             社会主義協会代表  川村洋二

 (1)
 4月末に行われた「立憲主義と民主主義を取り戻し安保関連法を廃止させるオール徳島」の政策討論会で、ある女性から「もし日本がウクライナのようになったら、その時皆さんはどうされるのですか?やっぱりたたかうんですか」との質問がされた。野党統一候補を目指す討論会のゲストは「どうしても必要な時には自衛隊の活用も考える」と応じた。質問した女性は「やっぱりたたかうんですね。犠牲者が出ても・・・。戦争になる。改憲を言ってる人とどこが違うのでしょうか。よくわかりません」との再質問があり、しばらく討論となった。「組合員からは戦争は反対という声も寄せられている。話し合いはできないのか」とか「戦争には原因がある。平和外交を誠心誠意追求して、最後の手段として自衛隊もということで最初から自衛隊に頼むということではない」「ウクライナに憲法9条があったら攻められなかった。憲法9条は交戦権を否定しているから」、「戦争しない勇気がいる。」、「即時停戦、ロシア軍は撤退すべき、ウクライナもNATO加盟見送りにして交渉始めるべし」などなど。
 オール徳島は「専守防衛に徹する。集団的自衛権は認めない」ということでまとまっているが、それ自体、立憲野党と政府・自民党との力関係で成り立っているもので力関係が変われば中身も変わる。戦後憲法9条をめぐる力関係の変遷の中で落ち着いたところが「専守防衛、集団的自衛権行使は憲法違反」ということであった。

 (2)
 しかし与党自民党の力が立憲野党の力にまさる中で「集団的自衛権容認の閣議決定(2014年)が行われ、安保関連法の強行採決(2015年)」が行われた。2021衆院選で勝利した維新、政府・自民党は、22参院選に勝利して憲法9条に自衛隊条項を挿入し自衛の名で戦争ができるように改憲策動を強めている。
 すなわち自民党の改憲案は、憲法9条の現行規定を残したまま、新しく9条2項を設け、「前条の規定(戦力不保持、交戦権の否定)は、必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織としての自衛隊を保持する」とし、憲法に自衛隊を明記することで、自衛権を推認させることにより、自衛の名による武力行使ができるようにすることを目指している。そして安保関連法は自衛の中に集団的自衛権が含まれることとその行使を容認したのである。

 (3)
 憲法九条は上から読んでも下から読んでも非武装、戦力不保持、交戦権否定となっている。自民党はこれを「理想論だ」「君たちの頭の中はお花畑だ」などと批判するが、憲法制定当時(1946年)は、吉田茂首相(自民党)でさえ「戦争放棄に関する本案の規定は、直接的には自衛権を否定しておりませんが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります。従来近年の戦争は多く自衛の名においてたたかわれたのであります。満州事変然り、大東亜戦争亦然りであります」と侵略戦争は言うまでもなく自衛戦争も否定するなど憲法9条の純粋解釈をしていたことは、あまりにも有名である。
 しかしその政府・自民党をして、朝鮮戦争(1950年)にかこつけ、国民の反発(再軍備反対論)をかわすため警察予備隊(1950年)とか保安隊(1952年)と称してあくまで警察活動やガードマンの役割のように見せかけて発足させ、やがて朝鮮戦争後は自衛隊(1954年)と名称を変えて「戦力ではない?実力組織だ」として世界第5位(2021世界軍事カランキング)にまで肥大化させてきたのである。

 (4)
 そもそも憲法9条成立の背景には広島(一瞬にして14万人死亡)、長崎(一瞬にして8万人死亡)への核兵器原爆の悲惨な実態がある。と同時に二つの世界大戦のおびただしい戦死者8100万人(第一次大戦2600万人、第二次大戦5500万人)があった。
 厚生労働省の資料によれば第一次世界大戦の戦死者2600万人の内45%が非戦闘員(市民)となっている。第二次世界大戦では戦死者5500万人のうち64%が非戦闘員だった。朝鮮戦争では戦死者の84%、ベトナム戦争では戦死者の95%が民間人である。第一次世界大戦までの非戦闘員の戦死者は5%程度だったというから現代の戦争がいかに多くの市民を犠牲にしているか、そしてこれに倍する戦傷病者がいることを知るにつけ、戦争ほど馬鹿らしいものはない、このようなことが許されてはならないし許してはならないとつくづく思うものである。
 弁護士・加藤晋介氏は新社会党政策委員会ニュース(五月一日号)で「これが(国民総動員による)総力戦たる近代戦争の結果である。(中略)戦場の兵士以上の膨大な犠牲者と国土の破壊をもたらす。それが二度の世界大戦の結果であり、また今、ウクライナ危機で私たちに見せつけられている現状である。ウクライナを支持することはよい。しかしそれを軍事的に支援することは軍隊同士の『戦争』を長引かせ、さらに市民の犠牲を大きくすることを、私たちは直視すべきである」とウクライナ支援の在り方について注意を呼び掛けている。
 近代戦争における圧倒的な一般市民の犠牲者をなくすためには自衛の戦争といえども否定する勇気がいる。いかなる暴力も悪とされ違法とされているように、また第一次世界大戦の教訓から生まれたパリ不戦条約(1928年)が戦争そのものを悪とし違法としたように、さらに核兵器禁止条約(2017年)が核兵器そのものを悪とし違法としたように私たちは武力による自衛戦争そのものも悪とし違法する勇気を持たねばならない。
 憲法9条は、自衛戦争を認めた国連憲章を乗り越え、それを発展させて国家の交戦権や戦力を否定することによって自衛のための戦争も否定した。まさに圧倒的な一般市民や民間人が犠牲になる近代戦の現実に対して、国民のいのちと財産を守り抜くために、小さな英雄論やいくつかの美談に惑わされることなく自衛戦争は否定しなければならない。それが真の現実というものである。
 「その意味で憲法9条2項(戦力不保持、交戦権否定)の選択は、きわめて賢明な選択である。軍事力で戦争の勝敗は決し得ないことは、ベトナム戦争やアメリカが膨大な軍隊と戦費を注ぎこんでもイラクやアフガニスタンを支配できず撤退するしかなかった事実からもあきらかである。相手国を軍事的に占領しても被占領国の国民のゲリラや反乱、ストライキなどの抵抗に遭い、被占領国の支配は不可能となる」と加藤晋介弁護士は述べている。

 (5)
 もちろん私たちも、じっと手をこまねいてみているわけではない。饗庭和彦(徳島大学教授)氏は言う「世界には理性のない指導者もいると改めて分かった今、合理的な指導者間の核抑止論による安全という発想は、幻想というはかない。こう考えるなら核をはじめ武力を信奉する政策は賢明ではない。武力によらない非軍事的安全保障政策がもっともっと重視されねばならない。平和外交、国際制度(レジーム)、国際法、平和協力、経済協力、相互依存、民間交流、国際協力(ODA、NGO)、国際的道義、国際交流などにより信頼と友好の国際関係をつくる努力こそ今、求められている」と。
 こうした取り組みを日常的に積み上げ人的交流を広める努力を多角的、重層的に世代を次いで構築していかねばならないだろう。

 (6)
 ロシアのウクライナ侵攻で憲法9条改正や防衛力の強化に賛成者が増えているようだ。緊急事態に備えるべしとする政府与党、改憲派に同調する空気が醸成されたからに違いない。「国労を潰し、総評を潰し、社会党を潰して立派な憲法を安置する」と言った中曽根自民党の改憲運動は、連合労働運動の右傾化(自民党化)、弱小野党に助けられて、今その総仕上げの時を迎えようとしている。
 平和と憲法9条が争点の参院選を「緊急時の備えとして改憲より先に論じられるべきは食料とエネルギー確保ではないか。(中略)日本はエネルギーの9割以上を海外に依存し、食料自給率はカロリーベースでわずか37%。こんな条件で他国と交戦するのは自殺行為でしかない。(中略)NATO並みのGDP比2%(11兆円)の軍事費実現と息巻く一方で食料安全保障は無策のまま戦争できる国へ改憲するというのは、それこそが『平和ボケ』というものだろう。憲法9条は危機を回避し、食料も資源もない日本が国際社会を生き延びていくための必要条件だ。十分条件として機能していないのは政治家の不見識、外交能力の欠如ゆえのことであり、時代に合わなくなったからではない」(徳島市、農業○さん)といった護憲派市民らと共に力いっぱいたたかっていかねばと思う。維新や政府自民党に黄金の3年間を与えないために。
     (かわむら ようじ)




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