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展望

科学的社会主義の展望  2023年7月~12月


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●月刊「科学的社会主義」No.305 2023年9月号
    K・マルクスのヴェラ・ザスーリチへの手紙と草稿について
                        社会主義協会理論部長   野崎佳伸

 1881年2月、ロンドンに住むK・マルクスは一通の手紙を受け取った(差出の日付は2月16日)。差出人はジュネーブに亡命中のロシア人革命家、ヴェラ・ザスーリチであった。マルクスは4つの草稿を準備したうえで、結局3月8日付で短い回答を返した。これが有名な「ザスーリチへの手紙」(以下、「手紙」)である。「手紙」について論ずる場合には、1877年に書かれたとされる「『祖国雑記』編集部あての手紙」、及び1882年にF・エンゲルスとの連名で書かれた「『共産党宣言』ロシア語第二版序文」(以下、「序文」)が併せて取り上げられることが多い。
 近年、斎藤幸平氏はマルクスが中期頃まで保持していた「ヨーロッパ中心主義」「単線的歴史観」を晩年には克服していた証拠としてこの「手紙」「序文」を紹介している(「人新世の『資本論』172頁~。ここまでは佐々木隆治『カール・マルクス』(ちくま新書、2016)やケヴィン・アンダーソン『周縁のマルクス』(社会評論社、2015)ともほぼ共通する認識である。だが斎藤氏は更にアンダーソンをも批判して、マルクスは「手紙」等で「生産力至上主義」とも決別していたという。果たしてそこまで言えるどうか。ちなみに斎藤氏はアンダーソンの書を「素晴らしい研究」とも言っているように、『周縁のマルクス』は有益で、一読をお勧めする。
 さてザスーリチとマルクスのやり取りのテーマをまず振り返っておこう。ザスーリチは「手紙」で次の通りマルクスに質問と要請をしていた(大月版マルエン全集第19巻の注解155より抜粋)。【ザスーリチは、後日労働解放団を結成した彼女の同志たちを代表して・・・ロシアの歴史的発展の展望、とくにロシアの村落共同体の運命についてのマルクスの見解を聞かせてほしいとたのんだ。ザスーリチはその手紙のなかで『資本論』がロシアで大きな人気を博していること、ロシアの農業問題や、村落共同体についての革命家たちの討論のさいにも『資本論』がある役割を演じていることを書いていた。手紙は続けて次のように述べている。「この問題がロシアで焦眉の問題だということ」、「・・・とくにわが」ロシア「社会党にとってそうだ」ということは、「あなたはだれよりもよくご存じです。・・・最近では、村落共同体は古代的な形態であって、歴史・・・によって没落すべき運命に定められているという意見を、私たちはしばしば耳にします。そういう説をとなえる人々は、あなたのほんとうの弟子、『マルクス主義者』だ、と自称しています。・・・市民よ、この問題についてのあなたのご意見にわれわれがどんなに深い関心を寄せているか、わが国の村落共同体のありうべき運命について、また世界のすべての国々が資本主義的生産のすべての段階を経過することが歴史的に必然的だという理論について、あなたがご自分の考えを説明してくださるなら、われわれにとってどんなに大きな助けになるか、これでお分かりだと思います。」】
 およそ50年ほど前、わが国ではマルクスの「手紙」と「草稿」が盛んに論じられた時期があった。時代は中ソ論争、「プラハの春」弾圧事件など、ソ連型社会主義に国の内外から疑問が投げかけられ、「正統派マルクス主義」の歴史観にも再検討する試みの一環だったと思える。特に平田清明、山之内靖、田中真晴らと並んで、経済学者・淡路憲治は『マルクスの後進国革命像』(未来社、1971年)を著わし、その第三部「晩年のロシア革命像」で「「祖国雑記」編集部あての手紙」「手紙」『草稿』「序文」等の検討に多くの頁を割いていた。そして1975年にはロシア史学者・和田春樹が『マルクス・エングルスと革命ロシア』(勁草書房)を出版した後、この論争はいったん下火になっていった。ここでは以下、主に和田の著作に依って記述する。( )内は和田の書の該当頁を示す。
 さて、マルクスの[手紙]「草稿」のなかみに立ち入る前に、それらがたどった数奇な運命について見ておこう。
 まず「草稿」だが、これはマルクス死後もエンゲルスは公表せず、1911年になってリャザーノフがラファルグ所蔵のマルクス文書の中から発見し、1913年にはベルンでブハーリンが解読を手伝った(165頁)。1911年はラファルグ夫妻が11月26日にフランスで自殺しており、リャザーノフは第ニインターから遺稿整理を託されたものであろうか。当時リャザーノフはプレハーノフとザスーリチに対して「手紙」は存在するかと問うたが、回答は否定的であった。その後「手紙」が1923年に発見され、リャザーノフはザスーリチとマルクスの往復書簡と共に、この「草稿」四編を翌年にロシア語に訳して(元はフランス語)初めて公表した。従って、レーニンはこの遺稿を見ていないが、ブハーリンはその存在を彼に伝えていただろうか。その形跡はない。
 次に「手紙」のほうであるが、マルクスは1881年3月8日付で返答し、10日にはザスーリチの下に届いた。レフ・デェイチ(デイチとも)はその日のうちに、短い感想を添えてプレハーノフに写しを送ろうとしたが、ぐずぐずしているうちに13日になって皇帝アレクサンドルニ世が爆殺されるという事件が起こった。この手紙はようやく17日に投函された(189頁)。「手紙」の内容が素っ気無いものであったこと、それ以上に皇帝暗殺の衝撃によって忘却されていったものと思われる。なお「手紙」はアクセリロート文書の中にあった。
 さて先のマルエン全集の註解ではザスーリチの次の依頼がオミットされているので、補っておこう。「もしも、この問題に関して多少ともくわしくご意見を開陳して下さる時間が今のあなたにない場合には、せめて手紙の形式ででもそうして頂ければ、そしてその手紙を翻訳し、ロシアで公表することを私にお許し下さねば、幸いに存じます」。
 ザスーリチ達は公刊しうる形の回答を求めていた。これに対しマルクスは公表を断ったうえで、『資本論』に示されている。「耕作者の収奪」の分析は、ロシアの農民、彼らの共同体的土地所有の運命には適用できないこと、共同体は「ロシアにおける社会的再生の拠点」であり、それがかかるものとして機能するためには、まず、外からの「共同体に襲いかかっている有害な諸影響」を排除し、「自生的発展の正常な諸条件をこの共同体に確保することが必要であろう、と書いた。
 「資本主義的生産の創生を分析するにあたって、私は次のように言いました。『資本主義制度の根本には、それゆえ、生産者と生産手段との根底的な分離が存在する。・・・この発展全体の基礎は、耕作者の収奪である。これが根底的に遂行されたのは、まだイギリスにおいてだけである。・・・だが、西ヨーロッパの他のすべての国も、これと同一の運動を経過する』。だから、この運動の「歴史的宿命性」は西ヨーロッパ諸国に明示的に限定されているのです。・・・この西ヨーロッパの運動においては、私的所有の一つの形態から私的所有の他の一つの形態への転化が問題となっているのです。これに反して、ロシアの農民にあっては、彼らの共同所有を私的所有に転化させるということが問題なのでしょう。・・・」(大月版全集19巻、238頁下段。傍線強調はマルクスによる)。
 マルクスがここで引用している『資本論』はフランス語版である。日本語訳『フランス語版資本論』(法政大学出版局、。1979)では下巻の307頁、四五六頁にあたる。この部分が分冊形式で刊行さかたのは1875年である。「草稿」1~3にはすべてにあるこの「西ヨーロッパ云々」の部分が「手紙」にも残さわたことはせめてもの敘いであった。というのは、『資本論』ドイツ語版第一版序文にある、後にその解釈でもめることになるあの言葉、「とはいえ、イギリスの工業労働者や農業労働者の状態を見てドイツの読者がバリサイ人のように顔をしかめたり、あるいは、ドイツではまだまだそんなに悪い状態にはなっていないということで楽天的に安心したりするとすれば、私は彼に向って叫ばずにはいられない、ひとごとではないのだぞ!と。」に、西ヨーロッパという限定を付けたことを強調しているからである。
 この「西ヨーロッパ限定」の強調は、和田によれば「『祖国雑記』編集部あての手紙」(1877年と推定。和田は1878年と推定)が初出のようである(109頁)。そこには「本源的蓄槓にかんする章は、西ヨーロッパにおいて資本主義的経済秩序が封建的経済秩序の胎内から生まれでてきたその道をあとづけようとだけするものであります。」と記したうえで、先のザスーリチへの回答にあるのと同じ「だが、西ヨーロッパの他のすべての国も、これと同一の運動を経過する」という記述を引用している。
 マルクスがザスーリチへの返答を少なくとも第三草稿まで熱心に書き上げながら(但し、第三草稿は未完)、第四草稿と「手紙」がつれないものになった理由について、アンダーソンは何も記していない。そればかりか、アンダーソンはマルクス・エングルスとロシアのナロードニキとの関係の考察をそもそもしていない。一方、和田はこの時期、マルクス・エンゲルスはロシアの革命に期待をかけ、テ囗ルをも容認する方向に傾きつつあり(117頁)、1879年夏にはナロードニキ結社「土地と自由」は、テ囗ル派・政治闘争派=「人民の意思」党と、テロルは農民工作の妨げとなるとするプレハーノフ、ザスーリチらの所属する「土地総割替」派への分裂が決定的となつた。しかもマルクスの毛嫌いするヨハン・モストが後者支持に回ったため、二人は人民の意志派支持に回ったという(129頁)。だが、それだけではマルクスが「手紙」の第三草稿を書き上げるまで、なぜあれほど真剣に取り組んでいたものを、突然態度を改めたのかの説明にならない。和田も困惑しているようにみえる(185頁、188頁注30)。
 さて、「『祖国雑記』編集部あての手紙」は結局発送されなかったのだが、マルクスの死後、それを発見したエンゲルスは84年3月に写しをザスーリチに送った。和出によると、それはザスーリチらへの皮肉のつもりだったという(238頁)。ザスーリチらは結局それを印刷せず、86年に人民の意志派によって発表された。明らかにされたこの晩年マルクスの見解は、日の目を見ないまま経過した「手紙」「草稿」とは違って論争の種となったようである。労働解放団や後のロシア社会民主労働党にとって、マルクス・エングルスがナロードニキの主流派に好意を寄せていた期間があったということは不都合な真実であって、スターリン以後のソ連史では消し去られてしまった。
 このテーマについてはいずれ続編を寄稿したいと思う。
     (のざき よしのぶ)


●月刊「科学的社会主義」No.304 2023年8月号
    迷走する岸田内閣、奮起が求められる立憲野党
                        社会主義協会事務局次長   津野公男

 闘いは終わっていない
 第211通常国会は終わった。今後の日本の行方を左右する、そのまま放置すれば今後に禍根を残す多くの重要法案を可決、成立させられてしまった。
 原発の稼働年数を60年に延長できるGX脱炭素電源法、「女子トイレを護れ」などと主張する自民党など保守勢力の圧力に屈して、理解増進どころか「すべての国民が安心して生活できるよう留意する」と、当事者たちの不安を置き去りにしたLGBT理解増進法、防衛費のGDP比2%達成を意図した防衛財源確保法、難民申請3回目は国外退去に道をひらくなど世界の流れに逆行する改定入管法、来年秋には現行健康保険証を廃止するマイナンバー関連法などである。
 街頭では連日のように抗議行動が展開されたが、最終的には議席数を誇る自公の与党と維新・国民民主の多数で押し切られた。。
 しかし、闘いが終ったわけでは決してない。法案が通ったからといっても火種は残したままであり、議論も闘いも続く。国民の不安や不満は高ま‘つている。マイナンバー・カードの迷走が主な原因であろうが、岸田政権に対する支持率は10%~15%(読売)も急減している。
 また、軍拡法案(財源確保法)は実際的な具体化、予算措置はこれからの議論であるし、マイナンバー・カード関連で健康保険証の来年秋廃止にしても、これだけ国民の中に不安が広がり反対も多い実情では、来年秋に踏み切ることなどできるはずはない。マイナンバー関連では、国会の閉会中審査で、マイナンバー・カードを持たない患者の受診拒否などできるはずもなく、資格証明書を交付すると政府は言う。ようするに闘いは今からなのである。そして、迷走する岸田政権の内閣支持率が低いなかでは、反対運動の高まり次第では局面を変化させる可能性がある。

 骨太の方針2023を見る
 6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太の方針2023」)では、少子化対策、経済・食料安保、労働市場改革、所得向上による分厚い中間層形成などが挙げられている。
 少子化対策では、児童手当を所得制限なしに高校生まで拡大する、また多子加算も対象を拡大する、両親に対しては育児休業での育休給付の拡大、親の就労を問わずこどもの保育園利用などが並んでいる。
 現状よりは改善されることになる。「骨太方針」ではこれらの政策は2024年度から順次進められることになっていて、3年間で年3兆円台半ばまで財源を確保するとしている。しかし、周知のようにこの財源は歳出抑制と社会保険料への上乗せ、必要に応じて子供特例公債発行となっている。そして財源に関するすべての議論は先送りされている。
 なお財源問題に関わる点では、今国会で強行可決された、増加する防衛費の財源確保法でも財源の議論は先送りされている。同法は、「骨太方針2022」(昨年5月)でNATO並みに軍事費のGDP比2%への増額が決められ、第211国会に法案化されたものである。周知のように、今後5年間で軍事費の総額を43兆円強と見積もり、14兆円強の新たな財源を要し、足りない分は税外収入(コロナ予算の積立金等の国庫返上など)、決算剰余金、歳出改革等で11兆程度確保し。残りは「租税措置=増税」(法人税、たばこ税の引き上げ)と東北大震災の復興特別所得税の半分を充てるとしている。
 少子化対策、軍事費の財源確保については、今後の紆余曲折も予想され、とりわけ軍事費関連では反対闘争の高まりによっては食い止めることも可能である。また、少子化政策はさらに充実、早期実施も望まれるものであるが、岸田政権発足時の再分配機能強化の約束通り、金融資産課税の引き上げなどで可能である。
 労働市場改革は、労働(力)移動の円滑化に重点が置かれている。
 硬直的な日本の雇用が成長を鈍らせてきたという基本認識のうえにたち、成長産業への労働力移動を円滑にしようというものだ。そのために、退職金制度において、勤続期間が短いと退職金費不支給という慣行をなくす、勤続年数によって差がある退職金にかかる税負担の差を縮める、現行の雇用保険制度の自己都合退職の待期間3ヵ月を、リスキリングの実績があれば会社都合退職に合わせるなど、ようするに辞めても損のないよう、他企業への移転をしやすいようにということである。
 確かに辞めたい人が辞めやすくなるのはいいが、簡単に意に沿う再就職先があるのだろうか。これが就職氷河期だったら、日本中が大笑いになっていたであろう。人口減少、少子高齢化、そしてコロナ禍をへて世界経済の立ち直り局面による労働力不足の現状だから一応成り立っている。しかし、大きな経済的危機となればこのような楽観的見通しは吹っ飛ぶ。
 何よりも資本側の論理は明白で、解雇規制緩和に触れていないことに不満が残るとされている。ちなみに、新自由主義的労働政策推進の旗振り理論家である矢代尚宏は、解雇の金銭解決が取り上げられてないことを批判している。
 また資本主義に特有の冷たい競争理論ではあるが、生産性を高めるために低金利の銀行融資等で、本来ならば倒産していてもしかるべき企業、あるいは生産性の低い企業、いわゆる「ソンビ企業」を淘汰するための金融政策の変更なども取りざたされている。この場合労働者は否応なく解雇されるであろうが、新たな雇用先が都合よく見つかるであろうか。ようするに、骨太改革にいう労働力移動の円滑化とは、ひたすら労働者の生存を不安定にするものでしかない。
 さらに、ジョブ型制度にかんしても、一部には労働運動の側でも礼賛する見解もでているが、労働強化につながらないか。同一労働同一賃金論が、低い方に合わせるかのように進んでいることを見ても、労働組合が弱体化している現状では
労働者の期待するものが生まれてはこない。
 分厚い中間層形成では、中小企業支援で賃上げのすそ野を広げる、最低賃金全国加重平均を1000円に引き上げる。そしてお得意の「資産」形成論、少額投資非課税制度(NISA)の拡充、家計金融資産を活性化するとされている。分厚い中間層形成はかつて民主党政権下でもうちだされたことがあるが、本来は賃上げと高額所得者への所得税引き上げによって格差を解消することによって達成される。自公政権や維新・国民民主にそのような方針はなく、絵に描いた餅に終わる。民主党政権では、所得に関係なく支給される子ども手当など先進的な政策も提起したが、分厚い中間層というからには再分配、格差解消、あるいは法人税引き上げなどの政策だけでなく、闘いも呼びかけなければならなかった。闘いなくして格差は解消しない。
 経済・食料安保では、国内投資と拡大が強調される。北海道でラビダス(政府肝いりの日系半導体メーカーの共同出資)やTSMC(台湾積体電路製造)の熊本工場、広島のマイクロン・テクノロジーなどに2兆円規模の補助金を投入する。先端技術をめぐる米中対立の激化を反映したものである。また、コロナ禍やウクライナ侵攻での経験からサプライチェーンの強化、農産物の自国生産強化を挙げている。これは、最適地生産を軸とした新自由主義と一体となったグローバリズムとは趣を異にする新しい流れではある。もちろん、米中対立の激化という政治的対立、覇権争いも背景にある。食料自給率の引き上げは、国民的要求・課題であった。その課題は、多国籍企業の求めるものとは異なるものであり、おろそかにされ、つねに農業は犠牲にされてきた(TPP反対闘争を想起せよ)。農業に従事する若者も減った。したがって、事情が変わったからさあ農業へと呼びかけても効果は期待されない。抜本的に食糧自給率を引き上げるための小手先でない抜本的な政策が求められている。

 迷走の岸田政権と今後の政局
 岸田政権発足直後は、それまでの安倍政権の強権的政治に嫌気をさしていた国民のなかに期待感を生み出した。とくに、発足当初に掲げていた「新しい資本主義」では、金融所得課税の強化など分配政策が重視されており、安倍政権からの転換かと、かすかに期待を集めるところもあった。また、日銀の黒田総裁の任期切れ退職もあり、この点でも「アベノミクス」からの離脱かと期待を集めた。
 しかし、統一教会問題での、安倍本人はもちろん教団に関わった閣僚や議員に対する処分は迷走し、支持率をさげる。そのうえ、自民党の党内派閥で最大を誇る安倍派との調整、財界や党内圧力の下で最大の売りであった再配分強化政策は消えてなくなり、骨太方針2022では官民一体の投資・成長重視に変容してしまった。そして、冒頭で述べたように、現実に進められているのは安倍政権が積み残した政策の実現でしかない。
 それでも、お得意の外交政策で点数を稼ぎ、広島サミットの「成功」をてこにして解散総選挙に打って出ることを狙ってはいたと思われるが、息子の不祥事やマイナンバー・カードの様々な不祥事によって、内閣支持率は今は下がるところまで下がっている。それでも、今後内閣改造が予定されており、9月の臨時国会での解散の可能性も否定できないと言われている。
 他方、問題は立憲野党である。岸田政権の支持率が下がっても、立憲民主党の支持率は維新に抜かれてしまった。ここにきて立憲民主党も共産党を含む選挙協力に前向きになりつつある。
 これまで述べてきたように、政治的に対立する多くの課題の決着は先送りされている。立憲野党には一層の奮起が求められているのである。
     (つの きみお)



●月刊「科学的社会主義」No.303 2023年7月号
       23年春闘総括と課題
                               小林晴彦

 1、春闘を取り巻く情勢と政府と資本の構え

(1)コロナ禍もあって解雇、雇止めが昨年末までに累計16万人を数え、そのうち非正規労働者が10万人を超えた。完全失業率と休業者数は2・58%、210万人余で、休業者数は300万人を超え、更に悪化することが予想される。
 総務省の「労働力調査」によると、2022年平均の正規労働者は3588万人だが、非正規労働者は2101万人で、雇用労働者の実に36・9%を占め、しかも、その6割近くが女性である。非正規労働者の平均年収は216・7万円(男性241・3万円、女性195・4万円)であり、困窮や生活不安からの自死(特に女性)も急増している。
(2)物価上昇が深刻化する中、新年早々、岸田首相は企業。


側に対して「物価上昇を上回る賃上げをお願いしたい」とし、経団連は「賃上げは、『企業の責任』」とまで言った。政府が経営側に賃上げを強く要請する「官製春闘」は、安倍政権下の2013年春闘から続いている。
(3)春闘はそもそも大企業中心で、大企業の正社員の賃金があがっても、下請け・中小零細企業や非正規雇用には波及せず、日本の平均賃金は全く上がっていない。国税庁発表の2021年分の「民間給与実態統計調査」によると、給与所得者の平均年収は約443万円であり、約30年前の1989年の平均年収約452万円から減っている。これは国際的に見ても異例のことである。
(4)この間、アメリカでは200万円以上も平賃金が増え、韓国では平均賃金が約2倍になった。日本の平均賃金は、2013三年に韓国に抜かれ、2016年にはスロベニア、2020年にはリトアニアと、中東欧諸国にも次々に抜かれ、最近の円安為替水準の影響もあり、OECD34か国中の28位である。
(5)岸田政権は「新しい資本主義」と「景気と分配の好循環」を掲げたが、アベノミクスの焼直しに他ならず、コロナ感染拡大や円安で経済の「成長や分配」はなく、物価高の中、労働者や年金生活者等の生活は苦しくなるばかりだ。
(6)経団連は経労委報告(経営労働政策特別委員会報告)で、「人への投資」を通して賃上げと中間層の建設につなげるというが、企業は総人件費を抑えつつ、若者への分配を手厚くするだけだ。また、「連合」を抱き込み、「人への投資」や「基本的な考え方」の一致を強調する。労使は「闘争」ではなく、未来を「協創」する経営のパートナーだと述べる。
 その一方で、慢性的な長時間労働や残業代の出ない裁量労働制など、「働き方改革」の名のもとに、労働条件は悪化するばかりだ。フリーランスや業務委託など、労働法規上、労働者として認められないものまで横行している。
(7)「企業全体の利益剰余金(21年度)は対前年比6・6%増の516・5兆円と10年連続で増加した」と経労委報国は記し、利益剰余金=内部留保を、コロナ禍でもため込んでいた。今ほど労働者側か大企業に内部留保を吐き出させ、大幅賃上げを闘い取ることが求められている時はない。

 2、労働組合の春闘方針
①連合
 連合は、今春闘で5%程度(定昇3%十物価上昇分2%)の賃上げを要求。中小労組の要求の目安として1万500円から1万3500円の賃上げ、時給1150円以上の企業内最賃協定の締結などを方針化した。芳野友子会長は政府の「新しい資本主義実現会議」や「GX会議」に出席するなどして、政財界の代表に協力を求め、「政府・政党、経済界とスクラムを組み、全ての国民が豊かさを感じられる、希望ある未来を取り戻す」と述べ、春季労使交渉の役割を強調。これに応えて自民党では、岸田首相がメーデーに出て挨拶するなど、労働者の分断と取り込みを図っている。経団連もまた、連合を「経営パートナー」と位置づけ、話し合い解決を示唆している。

②国民春闘共闘委員会
 第一の柱、大幅賃上げ・底上げの実現。
  統一要求
   1.誰でも、どこでも時給1500円以上、月22万5000円以上の産業・企業内賃金。
   2.大幅賃上げ。「物価高分十月2万5000円以上(8・16%)」「物価高分十時給150円以
     (10・6%)」の賃上げ。
  3.雇用形態や男女間格差の根絶と均等待遇。
  4.法定最低賃金の全国一律1500円以上への引上げ。
 第二の柱、生活圏での「公共を取り戻す」ための運動を地方組織を先頭に、組合員との共闘や23統一地方
  選の政策等に反映させ、闘う。
 第三の柱、憲法が生かされる社会を構築する。
  「防衛三文書」の改定による軍事一辺倒の岸田政権の政治を止めさせ、改憲阻止、平和を求める闘いへの組
  合員参加。闘う労働組合のバージョンアップを図り、全ての単組でストライキ権を確立し、ストライキを背
  景にした団体交渉に取り組む。

③全労協
 23けんり春闘方針
 1.目標と要求
  誰もが安心して働ける職場・暮らせる社会を’・ 8時間働けば生活できる賃金と社会を! どこでも誰でも
  時給1500円以上、月額25万円以上の賃金保障を! 月額2万5000円以上の賃上げ。時間給労働者
  の時間給の150円以上の賃上げ。物価上昇分を上乗せした賃金。
 2.闘い方
  イ、すべての組合員が参加する大衆的ストライキ等、職場・地域で闘い、生活できる大幅賃上げを実現する。
  口、コロナ禍による失業・貧困に対し、全国労働相談の
   実施と協力。
  ハ、以下の課題での全国キャンペーンの実施。生活破綻を食い止める生活一時金の獲得と大幅賃上げの実現。
  二、その他、社会運動として、九条改憲阻止、原発再稼働阻止、ジェンダー平等の揺り戻しの禁止、外国人
   労働者・移住労働者の基本的人権の確立を追求。
 3.スケジュール
  2月17日(金)にけんり総行動を実施し、全ての争議の勝利を目指し、経団連への要請と抗議行動を行う。
  3月の行動。賃上げ実現のためのストライキ。沖縄闘争。移住労働者のための三月行進(マーチーインーマー
   チ)。フクシマ連帯キャラバン。経団連前集会。さよなら原発1000万人アクション等

 3、春闘の賃上げの状況
(1)大企業では満額回答が続いた。中小企業や非正規の雇用労働者には、一部で高額回答があったものの、全体的には物価上昇を補填できる賃上げには届かず、実質賃金の上昇を勝ち取ることはできなかった。そのため、特に非正規雇用労働者の生活は苦しくなるばかりである。
(2)連合が5月10日に発表した春闘回答集計結果によると、定期昇給込みの賃上げ額は加重平均で1万923円、3・67%増(うち300人未満の中小労組は8328円増、3・35%増)であった。定期昇給を除いた「賃上げ分」(=ベースアップ)は6047円、2・14%、うち中小組合は5104円、2・0%であった。有期・短時間・契約等労働者の賃上げ額は、加重平均で月額8849円であった。
(3)厚生労働省が6月6日に発表した実質賃金は、対前年同月比3・0%減であった。賃上げ率3・67%では、物価上昇分を補填すること出来なかったことを、政府統計も認めているのである。
(4)総務省が発表した2022年度の消費者物価指数(2020年を100とした数値である)は、食料品が104・5、光熱水道費が116・3、総合指数が102・3であるが、物価の本格的上昇は今年度にはいってから始まっており、今後も継続することが予想されている。
(5)非正規雇用労働者の賃上げについては、5%を上回る回答を引き出しているところもあるが、一部の産業、企業規模が大きいところ、労働組合が組織されているところに限定されており、全体的には低調である。格差は是正されず、むしろ拡大したといえる。
(6)連合の春闘は、自ら賃金闘争を闘うのではなく政府のお声掛かりで賃上げを行うという「官製春闘」であり、政府の所得政策の枠内での分配論である。連合の芳野会長は、物価上昇下の生活安定、『人への投資』の必要性、人材の確保・定着への効果などを訴え、賃上げは月例賃金にこだわった組合の要求と粘り強い交渉の結果であると評価する。また、交渉に真摯に応じ社会の期待に沿った回答を決断した経営側にも敬意を表する。「政労使の話し合い解決」路線を自画自賛する始末だ。

 4、23春闘の取り組みと今後の課題
(1)企業の支払い能力や生産性に目を奪われての戦略戦術では、闘いの原動力にはならない。要求の根拠である生活実態(生計費=労働力の再生産費)に基づく要求をはっきりさせるためにも。国労や郵政ユニオン等で粘り強く取り組まれている「生活実態アンケート」と要求討論が重要になっている。「生活要求額」に込められた現場労働者の怒りを闘いに反映させ、地域・産別を超えて広がりを追求することが重要である。
(2)1997年来、実質賃金が目減りし続け、世界に例を見ない低賃金に抑え込まれている原因は、労働組合の右傾化によるストライキ(争議行為)の激減にある。『賃上げできない』のではなく、真剣に賃上げしようとしなかったのである。来年の24春闘は、原点にたち返り、統一ストライキを軸に、物分かりのいい労働組合から、時には断固として要求を貫く存在感ある労働組合へと、飛躍することが必要だ。
 郵政ユニオンの全国指名ストの実施による組織強化の成果や、国立病院の独法化以来初めて医療現場での指名ストを実施し、多数の看護師が組合に加入した日本医療労働組合連合会の成果等に学ぶことが必要だ。
(3)我々は、現場から春闘を再構築すべく、「物価高騰に対抗し、雇用と生活を守ろう!」「ワーキングプアを一掃し、ボトムアップの賃上げを!」との労働運動研究会の呼びかけに呼応して、正規・非正規、民間・公務の労働者が一体的に闘う23春闘を目指し、全国的な共通闘争課題として、最低賃金の再改定と引上げ、会計年度任用職員の待遇改善の闘いに取り組んできたが、まだ不十分で影響力を広げきれずにいる。最低賃金大幅引き上げキャンベーン委員会(下町ユニオン、全国一般労働組合全国協議会、全国生協労働組合連合会、郵政産業労働者ユニオン)は、物価高の中で昨年10月に、最賃改定後から、「最低賃金再改定」と「ランク制廃止・全国一律制」を求めて、3回に渡って厚労省に要請し、全国28都道府県の労働局長に60を超える要請や働き掛けを行ってきた。
 最低賃金の引上げの実現は、最低賃金ギリギリで働いている多くの非正規雇用労働者にとって即時の賃上げを意味し、すべての労働者に強制的に適用される。最賃引上げの影響は中小・零細企業にとどまらない。従業員1000人以上の企業でも「最低賃金を下回るため、賃金を引き上げる」企業が64%と、最も多くなっている。
 残念ながら、最低賃金の再改定は実現できず、年一回、三要素を考慮して、正規労働者の賃上げの後追いで決めるという現行制度の枠組みを打破出来なかった。また、都道府県のランク制度を現行のA~Dの4段階からA~Cの3段階に見直すに留まった。それでも、これが今夏から適用されることが決まった。これは運動の成果である。引き続き運動を強化することが求められている。
(4)労働組合の組織率は約16・5%である。未組織、とりわけ非正規労働者の組織化が課題である。非正規雇用労働者の相談・加入の受け且となっている各地の個人加盟労組(ユニオン)が、「非正規春闘2023実行委員会」を立ち上げ、賃金の一律10%引上げ要求の方針を決定し、「大手」企業を中心に、飲食店や学習塾・語学学校、コールセンターなどを運営する会社(非正規雇用労働者を多く抱える産業)に、「春闘」として賃上げ要求を申し入れた。非正規雇用労働者の「賃上げ相場」を形成しようという試みであり、我々は支持する。また、エキタスなどが、昨今のインフレをうけて、最低賃金1500円を求めるオンライン署名キャンペーンを始め、厚生労働省への署名提出や最低賃金1500円の実現を訴えるデモ等新しい試みを展開していることにも注目したい。
(5)正規・非正規、民間・公務の労働者が一体的に闘うためには、企業別労働組合の発想、大企業労組主導のトリクルダウン型の発想を払拭する必要がある。企業を超えた同一労働同一賃金の実現などの取組みが重要である。最低賃金引上げのように下からの横断的な運動の展開(ナショナルセンターを超えた共闘・共同の運動)と労働者間の団結を進めていくことが重要である。
     (こぱやし はるひこ)







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