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展望

科学的社会主義の展望  2020年1月~6月


2020年1月~6月  2019年7月~12月  2019年1月~6月  2018年7月~12月   
2018年1月~6月

●月刊「科学的社会主義」No.264 2020年4月号
   新社会党のSDGs
                                 社会主義協会代表  河村洋二

 SDGs(エス・ディー・ジーズ)という言葉をしばしば見聞きするようになった。Sustainable Development Goals(サスティナブル・ディベ囗ップメント・ゴールズ)の略語で「持続可能な開発(発展)目標」という意味だそうである。2030年までの人類と地球の繁栄のための開発(発展)目標で2015年に国連加盟国が全会一致で採択したものである。これまでの開発が先進国主導で格差と貧困を拡大し、地球環境を破壊してきたとことから「誰一人取り残さない」ことを命題に、貧困や飢餓をなくすなど17大目標を設定している。そしてこれを実現するために169のターゲット(具体的課題)が提示されている。詳しくは本誌9月号(2019年)、同3月号(2020年)の山崎正平氏の論文を参照されたい。私たちもSDGs17大目標を意識し、夕しケット(具体的課題)を実現するために持ち場、持ち場で奮闘していかねばならない。
 なおSDGs17大目標(要旨)は以下のとお叺
  1 あらゆる形態の貧困を終わらせる。
  2 飢餓を終わらせ、持続可能な農業を促進する。
  3 全ての人に健康と福祉を促進する。
  4 全ての人に質の高い教育を確保する。
  5 ジェンダ―平等を実現する。
  6 全ての人々に安全な水とトイレを確保する。
  7 安くて安全なエネルギーをみんなに確保する。
  8 持続可能な経済成長と人間的な雇用を促進する。
  9 持続可能な産業とイノベーションを推進する。
  10 人間や各国間の不平等をなくそう。
  11 持続可能な都市と住宅を実現する。
  12 持続可能な生産、消費形態を確保する。
  13 気候変動とその影響軽減に緊急対策を講じる。
  14 海洋資源を保全し海の豊かさを守ろう。
  15 生’態系保護、持続可能な森林経営、砂漠化阻止。
  16 平和と公正をすべての人々に提供しよう。
  17 パートナーシップを発揮し目標を達成しよう。

 機関紙拡大は党の強化発展に直結
 ところで、私かSDGsを持ち出したのは決してSDGsについて論じたり、意見を申し上げるためではなく、ほかでもないSDGsの訳語「持続可能な開発(発展)目標」が新社会党の現状にオーバーラップしたからである。
 少々大げさだがいま新社会党はまさに党の「持続可能な開発(発展)目標」について深く、時々熱く討論中である。そのテーマは「中期政策の補強」と「機関紙・週刊新社会の100円値上げについて」である。新社会党をどう強化、発展させるかについては、党の末席を汚す者として不十分ながらも考え、行動してきたがなかなかむつかしい。遅々として進まない。
 ただ数年前からどうもこれしかないなと思っていることがある。それは機関紙「週刊新社会」(以下新聞という)の拡大および拡大方法についてである。新聞拡大が党の強化発展に直結していることは、赤旗と共産党の関係や1970年代に飛躍した社会新報と社会党の関係を見れば(聞けば)一目瞭然である。また、読者名簿は選挙にも運動の宣伝にも活用でき重宝だ、役に立つ、ということでその必要性は[党員ならだれでもわかっている]というのが常識になっている。
 しかし本当にそうだろうか、と思う節がある。それは党員の新聞拡大行動への[参加率]が非常に低い点である。「参加率」には、新聞を拡大できた党員だけでなく、拡大リストを出した人や拡大統一行動に参加した人なども加えるのだが、四国4県本部(以下四国という)のこの5年間の平均的な参加率はあまり芳しくない。しかも参加する党員が固定していること、参加しない党員が悪びれる様子もないことが特徴である。党員への働きかけが不十分であることは言うまでもないが、この事実は「党員が新聞拡大に関心がないこと」、「新聞の拡大が一部の党員に偏っていること」を示している。つまり新聞の必要性や重要性が必ずしも全党員に伝わっていないということである。だから新聞の拡大も年ごとに低下傾向にあるわけである。四国の極めて狭い範囲の調査ではあるが、新聞の必要性について党員ならわかっているだろうという常識は、一部党員の常識で、通用しないということである。したがって新聞拡大行動にあたっては、新聞の必要性も含めてより丁寧な話し合い、呼び掛け、個別指導が必要である。
 党は数年前の全国大会で「1党員1部拡大運動」を提起した。この提起は前述の現状(一部の党員による新聞拡大行動)を改善するうえで、実に的を得た提起であった。しかし翌年5%拡大という一般的な目標に先祖返りし、党員個人の課題という問題意識が薄まり、新聞に対する党員の自覚と責任を引き出す効果としては、いささか弱くなったことは残念だった。ただ党四国ブロックは、全員参加の党活動の一環として(1年1党員1部拡大運動」にこだわり党活動の柱に位置付けて継続させてきた。結果、「機関紙委員会の定着」や「3県本部が実増」にこぎつけ、[県総局活動の具体化](声掛け運動、統一行動、将棋や釣り大会)にもつなかった。「1年1党員1部拡大運動」討論から生まれたこの成果をさらに発展させるとともに、新聞拡大を党員の義務、党活動の基本とする党風確立を目指して活動を続けたいと思う。
 さて、以上のようなささやかな経験だが、やはり新社会党のSDGsはと聞かれれば、私はやはり新聞拡大だと思う。それはおそらく党の未来を決めるだろう。地味なようだが新聞は党にとっての命綱、党をユニオン(労働組合)に例えるなら新聞は組合員である。ならば[新聞100円値上げ]討論を単なる値上げ討論に終わらせず、新聞を拡大するエネルギーに転化できるように討論を組織し発展させねばならない。そのためには新聞値上げの理由や額など値上げの是非を討論することも大切だが、より重要なことはその中から新聞を「広げよう」、「拡大しよう」、「拡大しなければ」という気持ちやムードを一人でも多くの党員から引き出すことである。もとより簡単なことではないが、それはできるし、やらねばならないことである。とはいえ「拡大しよう」とか「拡大リストをつくろう」、「統一行動をやろう」といった単なる掛け声や1回~2回の討論では一歩も前進しないのが今の新聞拡大の厳しい現状である。
 問題は、どのような討論をすれば党員がその気になるのかということである。そこでこれはおそらくヒントにしかならないようなことであるが、四国の機関紙委員会での経験を報告し参考に供したいと思う。
 きっかけは[声掛け運動]であった。2012年、新聞の担い手づくりを目指して始めた四国ブロック機関紙委員会は今年21回目の会議を2月15日にもった。1年3回だから約7年になる。当初なかなか議論が盛り上がらなかった。機関紙活動の現状や発送、集金、部数の推移、紙面改善等々について行ったり来たりの討論であった。「やっても意味がない。やめよう」という意見もあった。ある時、取扱い部数100部を目標に拡大を続けていたKさん(松山市議)から[党員を拡大しているわけじゃない。もっと大胆に、気楽に。‟新聞とってよ”と声かけよう]とか「断られたら恥ずかしいとかいう武士の商法ではあかん。恥かしいとか思わず、断られたら‟またお願いします”でいいんですよ。ダメでもともとですよ」「拡大リストなんかいらない。知っている人みんなに声を掛ける。それが基本。それが新聞拡大というものです」といった提起があり、何度かの討論の後、Kさんの発想や拡大話につき動かされて、とりあえず機関紙委員が「声掛け」を実行し、その経験を機関紙委員会に報告することとなった。次の機関紙委員会で「毎朝庭の掃き掃除をしている隣のおじさんに声をかけたら辛淑玉(シン・スゴ)のファンやいうて取ってくれた]というYさんの話やKさんの「古い選挙応援団や知合いの書道の先生に頼んだらOKしてくれた」話などが報告され、「なんで、どうして」と一気に拡大討論が活発になった。こうした想定外の結果を受けて[声掛け]に大きな効果があることを委員全体が感じ「声掛け運動」が県総局で取り組まれるようになった。徳島総局では党員1人が3人に、愛媛総局でも具体的な目標が設定され、取り組まれた。また香川総局では声掛けと合わせて全党員が新聞拡大にかかわる『統一行動』が組織され、多くの党員が拡大行動に参加し、この年、浮部数を解消し拡大=純増体制に移行することができた。こうした各総局の声掛け運動や統一行動の積み上げが、四国全体で毎年一定部数の新聞拡大に結び付いてきたといえる。このことは新聞拡大ができない(限界だ)のでなくできることを示している。
 大事なことは新聞拡大を一部の党員の取り組みに終わらせるのではなく、全党員の課題=任務とすることである。そのためには、機関紙活動に一人でも多くの党員を動員(参加させる)せねばならない。県総局会議や総支部総分局長会議など機関会議はもちろんだが、機関紙委員や総局機関紙担当者、党3役による「1党員1年1部拡大運動」への理解を深めるための党員に対する個別オルグを徹底することである。そしてこれを新聞拡大運動に全党員が参加するまで繰り返し続ける事である。それは必ず新聞の拡大とそのことを基本とする党風確率に繋がり、党の力量をアップさせることになるだろう。現状がこうした党や党員のあるべき姿に程遠いことは言うまでもない。しかし、オリ・パラアスリートが決してあきらめないように私たちも「倦まずたゆまず努力する者しか山の頂上に達することはできない」という教えに学び、努力を重ねていきたいものである。  (かわむらようじ)


●月刊「科学的社会主義」No.263 2020年3月号
   エンゲルス生誕200年ー3つの小品
                                 社会主義協会代表  石河康国

 今年はフリードリツヒ・エングルス生誕200年である。彼は1820年11月にドイツのバルメンに、富裕な工場主の子として生まれた。
 マルクスとエンゲルスのような偉大な人物が、密接不可分の関係を結び、人類史を画する共同の労作を数多くものした例は歴史上ない。改造社版の『マルクス・エンゲルス全集』(1933年完結)からなお進行中の新MEGAに至るまで、『マル・エン全集』は世界で何十種類と刊行されたと思われる。だが「マルクス全集」も「エンゲルス全集」もありえない。相互の知的交流の産物で、同じ論文で混交しているものも少なくない。最近『唯物史観と新MEGA版『ドイツイデオロギー』』なる書をめくったところ、「ドイツイデオロギー」草稿の写真版で、マルクスとエンゲルスの筆跡を精査したり、マルクスロ述のエンゲルスによる筆記の可能性を検討したり、両名のどちらがその内容を主導したのかにいたるまで、世界の研究者が解明になお熱中しているらしい。
 エンゲルスの功罪をめぐっての議論も多い。『資本論』劈頭の「商品」に端を発した「単純なる商品」と価値法則をめぐる議論、エンゲルスの『資本論』第3巻への「補遺」への疑義。また、廣松渉の問題提起など、唯物史観のエンゲルス流の理解への疑義。さらには『空想から科学へ』における「唯物史観と、剰余価値を通じての資本主義的生産の秘密の暴露」によって「社会主義は科学となった」という規定等々。また『自然の弁証法』がスターリンによって科学者への抑圧に利用された経過から、スターリン主義の理論的責任がもっぱらエンゲルスにおしつけられることも多い。
 エンゲルスに欠けるところがないはずはない。マルクスも同じである。無謬ということは二人の辞書にはないし、完全な真理をある人物が究めるという考え自体が、二人の排する非弁証法的な考え方である。しかもエンゲルスの欠陥といっても、峻厳な山での難行苦行の結果であって、その諸論稿を読まずして下界からアレコレ論評するようではいけない。またモスクワの「官許マルクス主義」の責をエンゲルスに負わせようとするのも、ソ連崩壊の責をすべてスターリンに負わせるのと同様でいただけない。
 そこでマルクスほどには陽の当たらないエンゲルスではあるが、200年を記念してその著作を読み返してはどうだろうか。彼の生涯を知る文献としては、ソ連崩壊後の伝記として、イギリスのトリストラム・ハント『エンゲルス マルクスに将軍と呼ばれた男』(2016 筑摩書房)をお勧めする。同書については拙稿『科学的社会主義』2019年4月号の「マルクス伝読みくらべ」で紹介したので参照されたい。
 エンゲルスの著作は沢山あるが、彼の持ち味は、マルクスの著作の紹介(序文)に活きている。マルクスの文章は天馬空を駆けるごとくであるが、エンゲルスは天馬を制御しその意味を独特のリアリズムで解読するのである。小品ながら輝くそのいくつかを紹介しよう。

 『哲学の貧困』ドイツ訳への「序文」 岩波文庫203頁~
 マルクスによる『哲学の貧困』は、プルードン批判を通じて、リカードの限界を示し、唯物史観の経済学的な彫琢と小ブルジョア社会主義の批判を説くものである。プルードンやリカードヘの批評がエスプリを効かせて縦横に語られるのを理解するのは容易ではない。しかし、エンゲルスの「序文」はわかりやすい。
 エンゲルスは、マルクスのプルードン批判は、「労働全収益説」にたつドイツの政治家ロードベルツスをはじめとする小ブル社会主義、国家社会主義批判にもあてはまることを論じた。
 エンゲルスはこう指摘する。「近代的社会主義はブルジョア経済学から出ている限りでは・・・ほとんどリカードの価値論と関連する」。リカードは「商品の価値は生産に必要とされた労働量によって決定される」としたが、ならば賃金は労働者が生産したものに等しかるべきであって、資本家の利潤は不当ではないか、と当時の社会主義者は考えた。「経済学者たちがリカードの矛盾としたことを、社会主義者は逆用した」のである。
 しかし「剰余価値の起源について」リカードの矛盾を解明しないで成り立つこの考えでは、「ユートピア入り込んだ」。「生産物は真の生産者たる労働者に属する」というリカード理論の適用は「まっすぐ共産主義へと導いて行く」。しかし「それは単に道徳を経済学に適用したものにすぎない」。これに反してマルクスは、共産主義的要求の基礎を「経済的事実と道徳的感情の矛盾」ではなく「資本家的生産方法の必然的崩壊の上におく」のである。
 またブルジョアジーが興隆期にかかげた「正義と権利の平等」観念をプチブルジョアは切望し、それが現実となる社会を熱望する。そして労働の価値によって商品の交換を定める労働貨幣などの諸方策を考案する。英国のグレイ、ロードペルツス、プルードン、プロシア国家社会主義等。そこには「価値と価格の乖離」も「平均利潤の成立」も、競争による矛盾の「調整」も、要するにスミス、リカードらが行き詰まった全問題が忘れ去られるユートピアしかないというのである。
 しかしエンゲルスは資本主義を変えなければ無駄な希望だなどと大衆に説教する「上から目線」ではない。すなわち「大衆の道徳的感情が経済的事実を正しくないと」見なすようになることは、「その事実そのものが時代遅れであり、他の経済的事実が発生」することを証明するものだ。つまり「経済学上の形式的誤謬の背後には真実な経済的内容の隠れていることがありうる」のだと喝破するのである。
 このエンゲルスの序文を読んだうえで『哲学の貧困』を読めば、自己矛盾を告白した古典派経済学の最高水準は、唯物史観によってのみ乗り越えられること、プルードンはそれを理解できずに空想の世界に迷いこんだことなどが、何とはなしにわかる。

 『共産党宣言』 1890年「ドイツ語版への序文」
 1882年ロシア語版への二人の連名の序文に1890年にエンゲルスが追加したものである。マルクスの労働者運動への態度を的確に述べている。
 すなわち、1864年に創建された国際労働者協会は「ヨーロッパとアメリカの戦闘的な全労働者層を結び合わせて一つの大軍団を作ることを目的としていた」ので「『宣言』のなかに書かれている諸原則にもとづいて発足することはできなかった」。その「規約」は「マルクスによって、バクーニンや無政府主義者たちさえ褒めたほどの巧みさを持って起草された。『宣言』にかかげられた諸命題の究極の勝利については、マルクスはひたすら労働者階級の知的発展に信頼し、その知的発展は、共同一致の行動と討論から必然的に生まれると信じた。・・・そしてマルクスは正しかった。インタナショナルが解散された1874年の労働者階級は、それが創設された1864年の労働者階級とはまったくちがっていた。
 さらに社会主義という表現と共産主義という表現の歴史的背景、なぜマルクスとエンゲルスは共産主義という名前を選んだかなど、当時の労働者自身の諸運動との関連を的確にスケッチしている。大衆的規模での労働者運動とのかかわりでは、マルクスより深かったエングルスならではの文章だ。

 「力-ル・マルクス著『経済学批判』」 岩波文庫254頁~
 マルクスの『経済学批判』(1859年)への書評(ドイツの週刊新聞に掲載)である。
 書評とは言え、ヘーゲル弁証法の批判的継承とマルクスの経済学の方法論が如何なる関係にありやをスケッチした興味深い論文である。要旨こう述べられている。
 ヘーゲル死後の「官許ヘーゲル派」は弁証法の技巧のみに走り、それに批判的なフォイエルバッハが「思弁的概念に絶縁宣言」してから「ヘーゲル的風潮」はすたれた。一方、科学の発展に応じて「自然科学的唯物論」が発展するがそれは「形而上学」的に出発した。そこでヘーゲル弁証法の再生が課題となったのだが、マルクスは「ヘーゲル弁証法的方法からその観念論的なころもをはぎ取って、思想の展開の唯一の正しい形態となるような簡単な姿にそれをたてなおす、という仕事を引受けることのできたただ一人のひとであった」。
 ヘーゲルを他の哲学者から区別するものは「その根底にある巨大な歴史的感覚」であって、観念論妁に逆立ちさせられたとしても「あらゆるところで現実の内容が哲学の中にはいりこんだできた」。彼は「歴史のなかに発展を、内面的な連関を証明しようとした最初のひとであった」。ヘーゲル哲学にある「巨大な歴史的感覚」とか「現実の内容がはいりこんでいる」というような評価は、エングルスならではだ。
 エンゲルスはこういう観点に立って、マルクスの経済学の方法をこう論じるのである。
 ヘーゲルの「画期的な歴史観は、新しい唯物論的な考え方の直接の理論的前提であった」。ここに依拠してマルクスはヘーゲル弁証法の唯物論的な「たてなおし」をおこない、「マルクスの経済学批判の根底にある方法があみだされた」。それが「歴史的・論理的方法」である。「論理的なとりあつかいは、ただ歴史的形態と攪乱的偶然性というおおいをとり去っただけの歴史的なとりあつかいにすぎない」。使用価値と交換価値という商品の二面性の矛盾の解決を求め貨幣へ等々・・・と展開するのも、「抽象的な思想の過程」ではなく、現実が弁証法的に「自己を展開しその解決をみいだしている」からである。だからマルクスの方法は「実際の出来事の考察」「現実とのたえまない接触を必要とする」のである。
 このエンゲルスの小論は、簡潔に重要なポイントを表現するエンゲルスの真価が示されている。
     (いしこ やすくに)


●月刊「科学的社会主義」No.262 2020年2月号
   社会保障を飛躍的に充実させる「財源」はある
                               社会主義協会事務局長  福田実

 はじめに
 2019年11月の本誌に山本太郎氏の「政治とは、人々の幸せをどう担保するか」を「題名」にして貧困の実態、格差の実態、そして「人々の幸せをどう担保するか」を記した。今回は、この課題を念頭に、「税制」を考える。

 1 大企業の金儲けの実態
 「8時間働けばふつうにくらせる社会」は当たり前の話であるが実際はそうではない。酷い実態が報道されている。
 例えば、日本を代表する「トヨタ自動車」。上司のパワハラ(「あほ」「バカ」とか)を受け若い男性社員が17年10月に自殺、との報道があった。豊田労働基準監督署はパワハ判断し労災に認定した。例えば、安倍自民党の選挙戦略を担う広告大手「電通」。高橋まつりさん(当時24歳)が長時間労働やパワハラで苦しんだ末に自殺した。その後も、18年には社員の違法残業が発覚した。例えば「三菱電機」。19年8月に20代の男性新入社員が過労自殺。自殺教唆容疑で教育主任の男性社員が書類送検された。例えば、「日立」他。安価な労働力としての外国人労働者は約146万人。違法残業や計画と異なる仕事をさせる等の法令違反事業所は18年中に5千ヵ所を超え、5年連続で最多を更新。日立や三菱自動車など主要企業での逸脱行為もある。失踪した実習生は昨年並みの9千人にと言う。(朝日、19年12月21日)
 大企業の横暴先は労働者だけでない。例えば、今問題になっているネット通販市場にも参入の「楽天」。出店業者に送料の無料化(一方的な規約変更で出店業者の負担を強いる)、高率の手数料、罰金制度の導入が有る。規約を「一方的に変吏された」と回答した出店業者は楽天市場で93.2%もいると言う。
 これらは、氷山の一角である。こうした実態の中で経団連会長(中西宏明、日立製作所会長)は、本年12月の記者会見で、一括採用・年功序列・終身雇用の「日本型雇用」の見直しを強調。仕事の内容等に合わせてフリーランスなどの「ショップ型雇用」促進を訴えたと言う。フリーランス(約341万人)等の働き方は低収入・長時間労働で、労働法制が適用されず、労災も、産前産後・育児休暇もない無権利状態だと言う。
 財界は、これまでも人件費を低く抑えるために派遣労働・裁量労働制の拡大を政府に要請し、人権を踏みにじりながら金儲けをしてきた。そして、利潤を積み上げてきた。

 2 搾り取った利潤の蓄積と行く先は?
 人権無視をし、搾取した利益は「内部留保」「役員報酬」や「配当金」等に向かい、「大富豪の資産蓄積」にたどり着く。
内部留保は17年度末448.5兆円、18年度末は463兆円。7年連続で過去最高額を更新した。安倍政権発足前の11年度末に比較し、約181兆円の積み上げである。
 なお、マスメディアではほとんど報道されないが、国外の内部留保は約40兆円、金融・保険業の内部留保は約50兆円で、合計553兆円。タックスヘイブン(租税回避地)に隠されたそれは巨額であるが闇の中である。
配当金は前期(18年度)比9%増の11兆6700億円。東証一部上場の1490社で、6年連続で過去最高額を更新した。(時事通信社、19年3月19日、試算)
 配当金は2013年以降、利益の内の約3割を占めている。
役員報酬は本誌19年11月号に記したが上位3人の役員報酬は合計74億円超になる。(他方、年収200万円以下のワーキングプアは約1100万人で06年から18年まで13年連続である)
資産額も本誌19年11月号に触れたが上位3人の資産合計は7兆5600億円になる。(ちなみに、世界の話にもなるが、資産100万ドル以上のいわゆる超富裕者、日本でいうと「億万長者」は、2012年時点で、世界で1200万人。5年間で860万人増。資産額は08年の32.8兆ドルから12年は46.2兆ドル〔約4600兆円〕へと言う。米国343万人に次いで日本は190万人〔人口の1.5%〕と世界で二番目に超富裕者が多いと言う)(合田寛氏へのインタビュー。2013年、月刊KOKKO)
 働く人々が生み出した巨万の富は有るのである。しかし、極一部に偏在している。それをただす税制(政治)がないのである。

 3 私たちが目指す税制の原則
 「不公平な税制をただす会」の原則でもあるが、私たちの税制(課税)の原則を改めて確認し、応能負担と再配分機能を重視する税制の実現を目指したい。
 それは「応能負担原則」を前提に、①は直接税(所得税)中心の税制である。個人所得税・法人所得税を言うが、この間、応能負担は崩されてきた。②は総合累進課税である。今、分離低課税により株式売却益・配当金は20%(所得税十住民税)で、高額所得層・大企業などに大幅な減税を行っている。③は生活費非課税である。憲法25条などからの理念からくる。誰にでも、健康で文化的な生活を最低限保障しなければならない。④は勤労所得軽課税・不労所得重課税である。証券優遇税制(前述の株式売却益・配当金等)は重課税が必要である。
 以上の基本にしっかり立ちたいと思う。

 4 逆を行く、安倍政権他自民党政権の税制
 消費税増税は大企業と富裕者減税等のしわ寄せであり、巨額な財政赤字も、社会保障の後退も同じである。以下簡単に見ていく。
まず、法人税の大幅な減税である。法人3税(法人所得税・住民税・事業税。実効税率とも言う)は、消費税導入前の1988年は51.55%であったが、現在は29.74%。▲21.81%である。
法人所得税の減税である(利益を出している大企業・優良企業に課税)。1984年43.3%であったが現在23.2%で、▲20.1%である。実効税率と法人所得税を合わせて考えれば法人税全体の減税は大企業向けといってよい。
個人所得税は消費税導入前の1986年、最高税率70%(課税所得8千万円超の部分)で、住民税は16%であった。現在は、所得税の最高税率は45%(課税所得4千万円超の部分)で▲25%、住民税は所得に関わらず、一律の10%で、▲6%である。もちろん最高税率引下げは富裕者減税に直結する。
分離課税の証券優遇税制は前述したが総合課税であれば課税率55%(所得税十住民税)になる富裕層(課税所得4千万円超)が20%の課税である。
相続税の最高税率も1988年70%(5億円超)であったが現在は55%(6億円超)で、▲15%である。
消費税は悪税である。その理由は、①低収入者ほど収入に占める割合が高くなる逆進性をもつ。②は、転嫁できない小零細企業の倒産・廃業税である。③は、派遣などの非正規社員を増やすほど節税になる。④トヨタなど輸出大企業に莫大な還付金を与える。(18年度予算では消費税収入の27%、5兆6365億円。湖東京至氏試算)
 それだけではない。1989年度から2019年度の消費税収入は累計397兆円。ほぼ同じ期間の法人3税は298兆円の減収。所得税・住民税は275兆円の減収。前述の数字を勘案すれば消費税収入は大企業と高額所得者の減税に投入されたと言える。
「税源」を確保する道は沢山ある。①菅隆徳氏は「法人税を累進税率」とした場合の法人税収は19兆円増えると言う。②湖東京至氏(元静岡大学教授・税理士)が提言する「特定の大企業に負担を求める『新付加価値税(仮称)』では、特定の大企業4万社に課税すれば20%で、12兆8千億円の税収。同じく寡占化されている「特定の大企業に負担を求める『新物品税(仮称)』(飛行機・武器等)を450社に課税すれば税率20%として4兆5千億円になる。③不公平な税制をただせば毎年30兆円前後の税収である。財源はいくらでも考えられるのである。他にも「富裕税の創設」「内部留保への課税(企業財産税創設)」「金融取引税(トービン税・ロビンフッド税とも言う)等々、キリがない。
◇最後は、タックスヘイブン(租税回避地)である。合田寛氏が大企業・富裕層の税逃れは、低く見積もっても5兆円超で、逃げ込む資産は加速しているという。大富豪はタックスヘイブンを利用してさらにリッチになる。(前述の合田氏インタビュー)
 さらに次の言葉を紹介している。「途上国は、資金の不法流出で2010年に5,590憶ドル(*94.4兆円)失った。大半はタックスヘイブンを利用している」と。多国籍企業の暗躍である。

 5 社会保障は飛躍的に充実できる
 以上、見てきたように巨額の富は有る。但し、偏在している。それをただす政治が無いのである。前述したように安倍政権は大企業・富裕者の利益をしっかり守っている。2020年「税制改正大綱」も基本はその延長であった。
 5兆円あれば、医療機関への患者窓口負担の半減と高い介護保険料の両方を半減することができる。1兆円あれば国保料を平均4割減できる。安倍政権・自民党は働く者・庶民のための税源確保はしない。少しするとすれば「選挙対策」である。
 大衆を「市民と野党の共闘」側に、そして新社会党側に寄せるために「暴露」「提案」「活動」を頑張ろう。(ふくだ みのる)



●月刊「科学的社会主義」No.261 2020年1月号
   日本の財政は破綻するか
                              社会主義協会理論部長  野崎佳伸

 注目集めるMMT
 2019年は「現代貨幣理論(以下、「MMT」)」が年間を通して話題になった。背景には10月に予定され実施された消費増税があった。日本の財政はいつまで持続可能か、というわけである。政府側では、4月17日に財務省がMMTに反対するデータを集めた資料を提出した。同日、通常国会の財務金融委員会で麻生財務大臣と階猛衆議院議員との間で質疑討論が行われ、麻生大臣はMMT(モダン・マネタリー・セオリーを「マネー・マネタリー・セオリー」と言い間違える失態を演じた。なお、この討論自体は両者がMMTに反対の立場であるからさして意味はないが、米国の大手マスコミも注目したようだ。次いで7月にはMMTの主導者の一人、米国のステファニー・ケルトン教授が来日し講演を行った。更に8月には同じく米国のランダル・レイ教授による『MMT現代貨幣理論入門』の日本語訳が発売され、11月には豪州のビル・ミッチェル教授が来日。この間、関連図書も盛んに出版されている。
 日本では松尾匡立命館大学教授のグループが比較的早くからこの理論を好意的に紹介してきたが、他方で保守派を自認する一部の学者もMMTを支持している。中でも藤井聡京都大学大学院教授は、先の両教授の日本招へいに尽力した。藤井教授はかねてより消費税引き上げに批判的で、18年末にはそれまで務めていた内閣官房参与を辞任。主宰する『表現者クライテリオン』19年9月号ではMMTを特集し、またネット上でも盛んに発信している。
 MMTは「政府は、自国通貨建ての債券(国債等)では破綻しない」とするが、無条件に財政赤字拡大を推奨している訳ではなく、これは「ヘリコプター理論」でも同じだろう。また、「自国通貨建ての債券では破綻しない」と決めつけるのは、歴史的事実に反する。モデルを過度に抽象化・一般化するのは近代経済学に共通する欠点だ。
 本稿では以下、80年代以降の破綻国家の実情を追い、そのような事態を招く要因を探り、それが現在の日本に当てはまるかどうかを検証してみたい。なお、本誌では19年10月号に柏木勉氏の論考が寄せられているので参照されたい。

 国家債務破綻は繰返し起きている
 先に「歴史的事実に反する」と記したが、ここでは何もかつてのドイツや敗戦直後の日本等でのハイパーインフレにふれるつもりはない。また戦後のブレトンウッズ体制下の現象にもふれない。米国による金ドル交換停止から変動相場制への移行後の問題を取り上げる。1980年代以降、英米で始まった資本主義の新自由主義化と金融肥大化は90年代を通じて世界を席巻していく。その過程で先進国での住宅バブルの崩壊や、新興国での債務破綻がひんぱんに見られるようになった。自国通貨発行権を持つはずの国々でなぜ国家破産が起きたのだろうか。実は、世界は変動相場制に移行したといえども、多くの新興国は自国通貨をドルにペッグしていたという事実が重要である。代表してメキシコ、アルゼンチン、韓国をとりあげる。
【メキシコ】 メキシコもご多分に漏れず、戦後は国家開発主義の道を選択し、輸送、エネルギー、公益事業は公有化されていた。70年代の世界的危機下では公有企業の数も膨れ上かっていた。これらの企業は多くの赤字を抱えていたのでメキシコ政府は海外からの借金に頼らざるをえなかった。おりしもメキシコで油田が発見されたこともあり、米国の大手銀行は高利回りの融資に応じ、82年には580億ドルに達していた。そこにボルカーの高金利策、米国の景気後退、そして石油価格の暴落が襲った。債務利子の支払額は急増し、メキシコは破産宣言を行った。財政緊縮・インフレ抑制・賃金圧縮・国際収支改善などの構造改革との引き換えにIMFは他の国際機関と共に緊急救済融資をおこない、また民間銀行も債務繰り延べに応じた。この方式は後のアジア通貨危機に至るまで、IMFの採る基本方式となった。また、原油価格の下落はこの時期、ソ連や北欧諸国など南米以外でも多くの産油国を苦しめたことも記憶されるべきだろう。
 メキシコの危機はまだ続いた。95年のいわゆる「テキーラ危機」はまたしても米連邦準備制度理事会(IMF)の金利引き上げがきっかけとなった。ペソは切り下げられ、ドル建て短期国債の利息返済額は対ドルで上昇。公有部門は既に民営化され始めていたが、その多くはこの時期、外国企業に安値で売り渡された。
【アルゼンチン】 この国もまたかつては軍事独裁政権下の開発主義国家であったが、92年のカル囗ス・メネム政権誕生以降、資本移動を国際的に開放し、また労働市場の柔軟化、国有企業と社会保障の民営化を進めていた。アルゼンチン・ベソのレートをドルにペッグさせてもいた。ドル・ベッグ(自国の通貨レートをドルに連動させる「固定」相場制のこと)は為替差損を回避するものとして海外投資家の安心感と歓心を呼ぶために多くの新興国が採った政策であった。当初、資金は順調に流れ込んでいたが、「テキーラ危機」がメキシコから飛び火するまでのことだった。預金は引き出され、失業率は急上昇し、大量の資本流失がおこり、政府の利子負担は急増した。アルゼンチン政府はそれでもドル・ベッグにこだわったが、それはIMFがインフレ回避にこだわったからだと言われる。外貨準備は枯渇し、アルゼンチンは債務不履行に陥った。
[韓国] 97年にタイ、インドネシアなどを襲った通貨危機は東アジアの優等生と目されていた韓国にも飛び火。韓国ウォンは暴落の憂き目に見舞われる。これら三国はIMFに緊急支援を依頼。しかし事態は好転せず、南米やロシアにも飛び火した。これら三国にマレーシア、フィリピンを加えた5ケ国では為替差損の発生、対外債務の激増、利払いの増加、需要の急減という四重苦に陥った。韓国では就任したばかりの金大中大統領の下、激しい新自由主義的改革が実施され、今日まで続く諸問題の原因を作った(金敬哲著『韓国 行き過ぎた資本主義』講談社現代新書)。
 アジア四小龍の一角と言われた優等生・韓国がこのような事態に引き込まれたのは、中南米諸国との共通性がある。第一に、流入資金が短期なものであり、それを受け入れ長期的な投資に運用していた。このような運用では資金が引き上げられたとき、たちまち資金繰りに窮する。第二に、ここでもドル・ベッグ制がとられていたこと。その理由は先述のとおりだろう。
【まとめ】 既述の3ケ国に共通するのは①自国通貨をドルにベッグしていたので米国の金利政策に翻弄された。また、実力を伴わない通貨はペッグ制下において空売り攻撃に弱い。②外貨準備高を始め政府の金融資産が乏しかった。③産油国については原油価格の下落により歳入の激減にさらされやすいこと、が挙げられよう。なお、ドル・ベッグ制を現在でも採用している国は、香港、サウジアラビアなど、かなりある。
 このように80~90年代にかけて徐々に新自由主義的に資本取引を門戸開放していた新興国は多い。そして一旦、通貨危機~国家債務危機に陥るや、これら諸国はIMFらの「ワシントン・コンセンサス」の指導のもと、より一層新自由主義的構造改革を加速せしめた。その弊害が最も目立つのが韓国であろう。中南米諸国ではその後、新自由主義に反対する政権が誕生したりして、抵抗の力も増している。小国で目立たないが、象徴的なのはウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領の存在ではないか。また、中国はこの時点でドル・ベッグ制を採っていたものの、資本取引の自由化を急がず危機をまぬかれたことは、ロシアとの対比で記憶されて良い。
 また、その後サブプライム金融恐慌の際に、ギリシアを始めとする南欧諸国の国家デフォルト危機が発生したが、統一通貨・ユー囗圏内のことなので、ここでは触れない。だがこの時、震源国・米国を始め、怪しげな債務担保証券を民間銀行が大量に購入していた独仏でも国家債務危機が起こらなかったことには注意しなければならない。この点は日本国債の評価をする際にも参考になる。

 国家債務危機発生の可能性のみ注視してはならない
 さて、本稿の目的は、国家デフォルト危機が生じた国の経験から、日本の財政破綻の可能性を計ることにあった。
 結論としては、日本が近い将来、財政破綻に陥る可能性は極めて低い。この点では先述の松尾匡グループや藤井聡チームなどがつとに主張し続けているところだが、山家悠紀夫氏の近著『日本経済30年史』(岩波新書)でも、終章で「日本は世界一の金余り国」と安心理論を説いている。更に、MMT反対論者らしい国債のプロ・森田長太郎氏も『経済学はどのように世界を歪めたのか』(ダイヤモンド社)において、50年先ならいざ知らず、日本が国として所有する対外純資産は3・1兆ドルあり、毎年GDP比3%程度の財政赤字が発生しているとはいえ、対外的には経常収支黒字がほぼ同額発生し続けている、と主張する。安倍政権がこっそりつまみ食いをしないことを願う。
 但し、以上の議論は「日本政府が債務危機に陥る可能性」一本に絞った議論であることを忘れないで欲しい。世界的低金利が長期化し先進国での金余りが持続する中、世界の投資資金は、例えば「低格付け債(ジャンク債)」に向かっている。IMFによれば、世界の公的・民間併せた債務は二京円存在する。またベネズエラでは政府債務が急増している。どこかで何かのバブルがはじけ、不良債権化して民間金融機関を襲う危険性は、世界では常に存在している。      (のざき よしのぶ)







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