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展望

科学的社会主義の展望  2024年1月~6月


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2024年1月~6月

●月刊「科学的社会主義」No.313 2024年5月号
      「非武装」憲法の再確認
                        社会主義協会代表   石河康国

 「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」。
 こう憲法が謳いあげてから77年。「国権の最高機関である国会」の多数はこの「決意」など忘れてしまった。戦禍がひろがる「国際社会」に直面し「諸国民の公正と信義」はもう「信頼」できないのだから、「抑止力」を強めるはかないと信じ込んでいるかのようである。「国際社会」における「名誉ある地位」とは、強力な「抑止力」で相手に脅威を与える「普通の国」になることだと錯覚している。
 いわんや「戦争の放棄と戦力及び交戦権の否認」を明記した9条などは論外だ。「9条は変える必要はないが、ある程度の抑止力強化は必要だ」という恥ずかしがりやの9条否定論もけっこうある。しかしこういう世の中だからこそ、9条が「国際社会」にける「名誉ある地位」の象徴となり、「非武装」が現実的な選択肢として復活したように思う。
 「非武装」と言うと、ただちに「攻められたらどうする」と問われる。この土俵の議論はかならず「攻めてくる」対「攻めてこない」の水掛け論になる。中国が攻めてくるとか、「北のミサイル」が降ってくるというのはプロパガンダであると思う。けれどもロシアのウクライナ侵攻が3年を迎える。多くのひとびとが「もしかすると」という気になるのは無理もない。
 しかし問題をこうたてたらどうだろう。日本が武装を強化する場合と、非武装にむかう場合と、どちらが戦争を誘発する危険性が大きいのだろうか。まじめに想像してみよう。
 「武装していた方が相手の攻撃を抑止する」というのであれば、相手に攻撃を思いとどまらせられるような「武装」とはどの程度のものなのだろうか。ミサイルを100基配備したら、相手は150基配備することにならないと、だれが保証できようか。米国の「核の傘」などアテになるだろうか。核保有国にたいしては核武装以外に「抑止」は不可能ではないか。43兆円程度ではとても足りないのではないか。わずかの防衛増税ですらきらう民衆を洗脳しないかぎり、「敵」に足元を見られるのではないか。等々。
 「抑止力」の帰結する事態への想像力をたくましくすれば、何かおきそうか、わかろうというものだ。

    

 「国際社会では『非武装』など通用しない」と言われる。G20のような「国際社会」ではそのとおりである。ウクライナ戦争はロシアの侵攻によってはじまった。だが考えてみよう。1991年にワルシャワ条約機構が解体した際、NATOも解体していたらどうだろう。すくなくとも東方拡大の動きをしなかったならどうだろう。ロシアとの緊張関係は今日の様ではなかったであろう。
 だが、米国や欧州諸国は武力による「国防」を信念とする「普通の国」だからそうは考えない。NATOの強化が足りなかったからこうなったと考え、NATO加盟国をさらに増やしつづけている。トランプが「カネを出さない奴はロシアにやられても助けない」と言っただけで大騒ぎになり、欧州各国は「防衛費」をGDPの二%以上にするという約束の早期達成に拍車をかけている。一方ロシアの23年の軍事費はGDPの7.1%に達したという。それでも国民生活に大きな支障をきたさないのは、原油など資源大国だからであるらしい。「抑止力」の論理によれば、NATOもロシア並みの軍事費にしなければならなくなる。
 「普通の国」にはなりたくないものだ。

    

 さて、「普通の国」同士の「抑止力」競争と戦禍が世界に広がるにつれ、「非武装」憲法が「国際社会における名誉ある地位」の証文であるだけでなく、現実的に必須の選択肢として浮上してきた。沖縄・南西諸島の現実である。
 沖縄と言えども、地位協定に守られた米軍の横暴への怒りは全県的であっても、「専守防衛」の自衛隊への反発は大きくはなかった。しかし自衛隊が大量に配備されミサイルが持ちこまれると、有事には標的になる危惧が当然のようにひろがる。住民の不安には九州への避難が「回答」として国から示され、避難訓練が大まじめで開始される。
 インド洋あたりで自衛隊が米軍の支援にまわるのは「集団的自衛権の行使」であって「専守防衛」の逸脱だと、政府を批判したのは当然だ。戦争法反対で万余の人びとが国会を包囲したのは、「集団的自衛権」の行使は許せないという危機感であった。
 しかし事態は進んだ。「専守防衛」から「非武装」の論理へと進まなければならない。「有事」の際は日米の兵站・出撃拠点である日本の領土自体が標的とされる。いったん事がはじまれば、国会で武力行使の是非をめぐって審議に時間を割くだろうか? 「専守防衛」のために直ちに反撃するだろう。その結果被害を被るのは住民であって、「国家は防衛」されても住民は守り切れないからこそ「避難」しか選択肢はないのではないか。米軍はもとより自衛隊の基地もミサイルも置いてもらっては困るのだ。だからと言って基地を沖縄におしつけてきた東京や大阪がそれらをひきうけるはずがない。要すれば、日本のどこでも軍隊の存在がくらしと安全をおびやかす時代に入ったのである。ならば非武装憲法を背にして、不退転の決意で平和外交に専念するしかない。
 反自衛隊の運動がひろがっている沖縄でもまだそういう声は多数とはいえない。「本土」では多くの人びとは「抑止力で安全を保持するのは当然だ」と観念しているだろう。沖縄に不都合を押しつけている反省に欠ける以上、そういうお花畑的な観念から脱するのは容易ではない。
 けれども、武力で民衆の安全を「専守防衛」することはできないという現実は、これから全国につきつけられることはまちがいない。それは「非武装」こそがわれわれの選択肢であることを教えるにちがいない。
 沖縄の現実と民衆の行動が先駆的にわれわれに示しているのは、憲法9条の意味であると思う。三上智恵監督の「戦雲」(いくさふむ)は、なまじの憲法論よりもはるかに「非武装」の今日的現実性を教えてくれる。

    

 「普通の国」が主導する世界はお先真っ暗である。軍拡競争は際限なくなり、それは局地戦争の絶え間ない派生と、核戦争の危険度を高めることになる。日本まで9条を捨て「普通の国」に参入したらおしまいである。
 9条は有名無実ではないかと言われる。そうは思わない。平和国家としての規範はなお残っている。それだけでも他国の見る目はちがうだろう。公明党指導部ですら、次期戦闘機輸出問題でギリギリまで抵抗のポーズをとらざるをえなかった。「抑止力強化は可」とする大多数の国民もイザ「防衛増税」となると拒否反応を示す。「国防の義務」という規範意識はなお浸透していない。いずれ9条明文改憲は不可欠なのであるが、「裏金」まみれの自民党にできることではない。目先を変えた一見「クリーン」な新政治勢力を奇怪な政界再編から捏造でもしない限り容易ではない。
 だが、混迷政局をしり目に「普通の国」をめざし蠢動するティープ・ステートのごとき勢力がある「防衛産業」=「死の商人」である。
 昨年の通常国会で、立憲民主党も賛成して成立した「防衛産業支援法」と連動する武器輸出の解禁など、「死の商人」の跋扈の条件がつくりだされている。単に国内産業育成ではない。現代の軍事産業は、「同盟国」との共同開発、共同仕様、共同訓練そして実戦での共同作戦を前提とする。米国などとの軍事同盟の鎖にしばられて、政権交代があっても後戻りできない。「防衛」産業を、新たな国際的条件の下で、政治主導で再生・育成しようというのである。
 すでに「死の商人」は利益を享受しはじめている。三菱重工は23年上半期の航空・防衛・宇宙事業の受注高が前年に比し5倍の9994億円に達し、24~26年度の防衛事業の年間売上高予測は1兆円規模で今の倍になる。
 だがまだ序の口であるらしい。2月にはじまった防衛省の有識者会議には、榊原経団連名誉会長は宮永三菱重工会長とともに参加して、「43兆円で防衛力強化はできるのか。現実的な視点で、見直しをタブー視せず議論を」とはっぱをかけた。ロッキード・マーチンなど売上高の8~9割が軍事部門である巨大企業が複数存在する米国などとくらべて、日本の軍事産業はまだひよこであり、ひよこがハゲタカになるには43兆円ではとても足りない。
 「経済の軍事化」という言葉がある。げんみつな規定は定かではないが、国家の政策に主導されて軍事産業が成長する段階から資本の蓄積衝動が軍需を重要な部門ととらえ、国家の戦争政策を積極的に求めるようになる状態と考えてもいい。最新兵器といえども納品は数年先であり、それまでは平和になってはこまる。さらに先を見通して研究開発には膨大な設備投資をするのだから、「死の商人」の欲求は限度を知らない。米国はじめNATOなど「普通の国」は、ウクライナへの武器支援のなかで経済軍事化に片足をつっこんでいるのかもしれない。
 「死の商人」たちを潤すために、9条を投げすてるような愚はしてはならないと思う。
     (いしこ やすくに)



●月刊「科学的社会主義」No.312 2024年4月号
      自民党・岸田内閣の支持率低下を確固たるものに
                        社会主義協会事務局長   福田実

 はじめに
 自民党や岸田内閣の支持率が低下し続けている。一時的なものになるか、中長期的なものにするかは、私たちの、立憲野党の闘い次第だ。大軍拡、格差拡大、原発推進、社会保障の後退等に対峙し、様々な分野で活動する人、貧困に喘ぐ人、競争社会の中で疲れ切っている人たちと連帯し、悪政を断とう

 1.低支持率を続ける岸田自公内閣
 岸田政権の支持率は2023年後半以降「支持」と「不支持」が逆転し、支持が続落している。主な理由は、派閥の政治資金パーティー収入の裏金問題(100人以上の議員が関係)と森山文科相の旧統一教会問題への対応と指摘される。図表を見て欲しい、8社平均で内閣「支持」は21.6%、逆に「不支持」は3倍の65.6%である。しかし、立憲野党の支持率が特別上昇しているわけでもない。
 支持理由は「他の内閣よりよさそうだから」が半数の51%、「支持する政党の内閣だから」が23%と多い。不支持理由では「政策に期待がもてない」が45%、「実行力がない」が27%である(以上、NHK)
 これを見ると、支持理由は消極的支持と受けとめられるのに対して、不支持の「政策」理由は心強いものがある。実行力への不信は派閥の裏金問題と森山文科相への対応と推測できる。内閣の危険水域は「支持率が三割を割り込むこと」と言われるが、その水準に達している。

 2.自民党の支持率も低下、「いま投票したら」
 自民党の支持率は、従来35~40%。24年2月は、自民支持率が毎日の16%、朝日21%、読売24%、産経24.8%、NHK30.5%などと続く。NHKの2月の調査での公明党の支持率は3.2%。自公で計33.7%と低い。しかし、自公で3割を超えているとも言える。無党派層(支持政党なし)は、概ね従来から50%前後である。
 前述の毎日新聞の2月の各政党支持率は、自民16%(前回23%)、立憲民主16%(同14%)、日本維新の会13%(同9%)、共産7%(同8%)、れいわ6%(同7%)、国民民主5%(同4%)、公明3%(同3%)等である。自公で一19%、立憲三野党で29%である。

   内閣を支持 支持しない 
毎 日
時事通信
14 %(-7)
16.9%(-1.7)
82 %(+10)
60.4%(+6.4)
産 経 22.4%(-5.2) 72.5%(+6.1)
読 売
共 同
24%(±0)
24.5%(-2.8)
61%(±0)
58.9%(+1.4)
日 経
NHK
25 %(-2)
25.1%(-1.3)
67 %(+1)
58.2%(+2.7)
朝 日 21 %(-2) 65 %(-1)
平 均 21.6%(-2.75) 65.6%(+3.3)


 今一つ、朝日新聞の2月の調査では「仮に今、衆院選の投票をするとしたら、比例区ではどの政党に投票したいと思いますか」と質問している。その結果は、自民党21%、公明5%、立憲・維新は各14%、れいわ6%、共産、国民民主は各5%、教育無償化を実現する会4%、社民、参政党は各1%。自・公で26%、立憲四野党で26%である。
 二つの世論調査で示すのは、この支持率が投票行動に反映されるとしたら立憲四野党は選挙で良い勝負ができることである。活動を加速しなければならない。

 3.岸田自公政権・維新批判を強める必要
 以前にも紹介したが小熊英二慶應大学教授の論文「5・3・2の構図」(『世界』、2018年1月)の要旨を紹介する。「安倍首相の周辺は『日本人は右が3割、左が2割、中道5割』と語ってIいるという。私の仮説と、結果としてはほぼ一致した数字である」。以降の要旨は、「2012年以降の国政選挙の投票率は、いずれも50%台である。この状況だと、「保守」3割は必ず「リベラル」2割に勝つ。小選挙区制は、実際の得票以上に保守連合に議席を与える。民主党が勝った09年の衆院選はどうか。この時は、投票率69%だった。自公が2808万、民主・社民・共産が3783万で、両者の比率はざっと3対4だった。これは、「リベラル」(2割)に無党派票(2割)が加わり、「保守」(3割)に勝ったと考えることもできよう。」と分析する。
 問題は、2018年降「維新」が伸長していることで、私たちの位置付けは新自由主義政党で、自民党よりも右であるが、革新・改革政党と見ている有権者も多い。これへの克服がいま、求められている。

 4.派閥の裏金問題だけでなく自民党政治の否定を
 経団連は23年10月10日、自民党等与党を10年連続で「高く評価できる」として会員企業に自民党への献金を呼びかけ、少子化対策の財源に消費税増税を検討するよう改めて自民党に要求した。
 自民党の政治資金団体「国民政治協会」への政治献金は、「四季報」(23年4月)を読むと、30億円近くの額が毎年続く。業界団体が上位を占めるが、「国民会議100万円」もある。
 自民党の政治資金パーティー収入はどうか。政治資金収支報告書による22年度分の自民党6派閥の収入は9億2323万円とある(共同通信、23年12月)。今問題になっているキックバック「裏金」は当然含まれていない。
 加えて、1回で1千万円以上を集める「特定パーティー」による国会議員の収入は少なくとも計52億円で。9割超を自民党議員が占める(*約47億円)と言う。(21年度。共同通信、23年12月)
 「特定パーティー」以外や地方議員のパーティー収入を含めれば額は数倍化するだろう。
 つまり、これらは自民党と財界または自民党と大企業等の癒着を示している。派閥の裏金問題を一段落させないためには、財界の「国民政治協会」を通じた莫大な政治献金やパーティー券購入による財界のための政治の本質に迫り、暴露・対抗することが求められている。

 5.消費税は、経団連の主張する増税でなく減税・廃止を
 24年度予算で消費税は歳入の最大税目で約24兆円(法人税17兆円)。一世帯の年間平均負担額は約28万円余(20・21年度)。非課税世帯へも、赤字事業者へも課税する苛斂誅求な税である。
 23年10月からインボイス制度(適格請求書の保存制度)が導入された。今まで免税業者だった年間売上1000万円以下の小規模事業者{約500万の個人・法人)やフリーランス(約400万人)、シルバー人材センター会員(約40万人)などが対象になった。従来、免税業者の粗利益は年間平均154万円と言うから「弱い者いじめ」の典型だ。
 尚、「維新」はインボイス制度容認の姿勢であるし、累進税率に反する「一律の税率(フラットタックス)の導入」を主張している。大金持ちや大企業に歓迎される税制である。
 実質賃金・年金が物価高騰の中で下がり続け、多くの人々が節約生活を強いられている。新社会党や社民党は緊急対策として消費税率を時限的にゼロにし、代替財源として企業の内部留保約555兆円に臨時的に課税する政策を示している。
5%課税でも消費税収入を上回る28兆円の財源ができるし、元々勤労者が創ってきたものだ。

 6.応能負担の視点がない岸田首相、経団連
 「経団連の来年度の税制改正要望では、応能負担や所得の再配分といった公平な税制を目指す提言は一切ない」(東京、23年9月19日)。
 これは経団連だけでない。岸田首相の施政方針演説(24年1月30日)でも同じである。世界的課題の「応能負担や所得の再分配」「貧困」「格差」の言葉も、「最低賃金制度」の言葉もない。一時的な「低所得層への給付金」「定額減税」は強調するが、本来は税制の応能負担原則の徹底等で財源を確保し、暮らしやセイフティネットや社会保障制度の充実を目指すべきなのだ。
 国際NGOのオックスファムも格差と貧困問題の解消を訴えている。例えば「世界的危機の中でも、私たちの不公平な経済システムは大富豪に極めて多額の収入をもたらしたが、最も貧しい人たちを守りはしなかった」「このシステムには大きな欠陥がある」「富裕層の資産に対する課税を増やし、保険制度や社会的保護への支出を増やす等の取組みを、政治家は進めるべきだ」等と。(『データブック2023』)
 私たちは、当面、前述した「内部留保課税」の実現や、「金融所得(不労所得)」への低率課税(所得税15%、住民税5%)の見直し、大幅に引下げられた所得税、住民税、相続税の最高税率の復元やオックスファムが指摘する資産税(富裕税)を自民党政治への対案として闘う必要がある。全ての人々が幸せに暮らせる富は有る。しかし、ごく一部に偏在している。これを正す政治勢力を大きくして欲しいと訴えよう。

 7.勤労者との接点を強めるよう
 ある新聞の声欄に「野党が地域で頑張っている姿が見えない」とあった。各地で頑張っているが、それでも「見えない」程度なのだろう。いま特に「立憲野党共闘」の左からの強化と活動の可視化が求められていると考える。
 私たちは「動けば人と繋がれる」(岡崎彩子さんの言葉)や「我々は、大衆が最も望んでいることを言葉に表すことを学ばねばならなかった。我々が大衆を理解し、また大衆が我々を理解するようにするのを学ばねばならなかった。大衆を我々の側へ獲得することが目標だった」(クルプスカヤ『レーニンの思い出』)を吟味し、実践したい。
     (ふくだ みのる)


●月刊「科学的社会主義」No.311 2024年3月号
      自由貿易か保護主義か
                           社会主義協会 理論部長   野崎佳伸

 米国のトランプ前大統領が就任2年目の2018年に、世界中を相手として保護貿易主義に基づく貿易戦争をスタートさせてから6年が経過した。その過程をざっと振り返ると次のとおりである。まず就任1年目には選挙公約だったTPP協定からの離脱を決めた。18年になると中国の知的財産権侵害に対する報復をほのめかし、更に韓国に洗濯機ダンピングの疑いをかけ、追加関税を課し、中国には太陽光パネルに対して同様の措置をとった。その後トランプはすべての国に対して鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課すことを決めた。これに対しEU諸国などはWTO(世界貿易機関)に提訴するとともに、米国に対して報復関税を課した。その間、米国は韓国とのFTA再交渉を、わずか3ヵ月で米国に有利な内容で妥結させた。焦点は自動車で、一部の韓国車への関税措置の延長、米国製自動車の韓国での輸入量拡大取り決めなどがそれである。この交渉にあたって米国は駐韓米軍の引上げ・縮小を示唆したとも言われる。また米国はNAFTA(北米自由貿易協定)からの離脱をほのめかしつつ、その内容を米国有利に改変させ、新NAFTA(USMCA=米国・メキシコ・カナダ協定)を発足させた。
 なかでも中国との貿易戦争は熾烈を極め、数次にわたって両国は追加関税、報復関税を課しあった。また、米国はファーウェイなど特定の企業との取引を制限していたが、2022年以降バイデン政権のもとで、中国への半導体先端製品や技術移転の制限、更には技術者の引き上げや投資の制限をも打ち出すに至る。(本誌23年12月号の拙稿「米国の対中国半導体関連政策の動向」参照)
 米国が多国間自由貿易協定を嫌う理由は単純である。二国間または少数の国々との協定の方が、大国としての米国の主張が通りやすいからである。野村総研の木内登英は現在の米中貿易戦争には既視感がある、それは「日米貿易摩擦の長い歴史」であり、米国はその成功体験を記憶しているとして、次の例を挙げる。①繊維交渉②鉄鋼交渉③カラーテレビ交渉④牛肉・オレンジ交渉⑤自動車交渉⑥半導体交渉⑦スーパーコンピュータ交渉。究極は1989年に始まった「日米構造問題協議」でのマクロ経済調整であり、1993年からの日米包括経済協議」であり、「米国側は個別分野で日本を叩き尽くした」。そしてその後の日本経済の停滞を受け、「彼らは日本への関心を急速に失っていった」という(『トランプ貿易戦争』日本経済新聞出版社。2018年刊)。
 その後日本は米国が離脱した「TPPH=CPTTP」に18年末に加盟し、更には22年発効のRCEP(地域的な包括的経済連携)にも参加した。前者にはアジア、米州、オセアニアなどの11力国、後者はアセアン10力国と日中韓、オセアニア2カ国が参加している。前者にはEU(欧州連合)から離脱した英国も本年に正式加盟する予定である。TPPには中国、台湾も加盟申請している。また、日本は中国、韓国とは二国間での自由貿易協定を締結していないが、RCEPを通じて経済連携したことになる。RCEPは世界最大規模のメガFTAと言われるが、TPPほどには経済連携協定の度合いがきびしくないとされる。しかしRCEPに中国が加盟したことにより、この地域での中国の影響力が増すことを恐れた米国は、オーカス米英豪。2021年結成)やクァッド(日米豪印。2022年初の首脳会談)などで軍事連携を強化するとともに、「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)を立上げ、14力国が参加しているが、米国以外にとっては経済的メリットは少ないとみなされている。
 以上、米国の身勝手外交を見てきたが、問題は自由貿易と保護貿易の対立関係をどう評価したら良いのかであろう。
  ※
 マルクスは1847年12月に『共産党宣言』の起草を依頼されていたにもかかわらず、亡命先のブリュッセルで労働者向けに経済学の講義をしたり(のちに『賃労働と資本』として流布)、年明け早々にはここで紹介する「自由貿易問題についての演説」を行ったりして、『宣言』の執筆が遅れ、同盟から叱責をうけることになった。それはともかく、マルクスが当時の自由貿易についてどう見ていたかは知っておく必要がある。ここでは結論部分だけ引用する(大月版『マルエン全集』第4巻、471頁)。マルクスは自由貿易論者のご都合主義的な主張をさんざん批判したのちにこう述べる。「一国が他国を犠牲にして富むことができる様子を自由貿易論者が理解できないにしても、われわれは驚くにはあたらない。なぜなら、この当の諸君は、どのように一国の内部で一階級が他の一階級を犠牲にして富むことができるかも、また理解しようとしないのだから。諸君、われわれが通商の自由を批判するのは保護貿易制度を擁護するつもりなのだ、などと考えてはならない。…それにまた、保護貿易制度は、一国民内に大産業を樹立する、いいかえればその国民を全世界の市場に依存させる、一手段にすぎない。そして全世界の市場に依存するようになるやいなや、すでに多かれ少なかれ自由貿易に依存するものである。…しかし、一般的には、今日では保護貿易制度は保守的である。これにたいして自由貿易制度は破壊的である。それはふるい民族性を解消し、ブルジョアジーとプロレタリアートのあいだの敵対関係を極端にまでおしすすめる。一言でいえば、通商自由の制度は社会革命を促進する。この革命的意義においてのみ、諸君、私は自由貿易に賛成するのである。」
 この演説がなされたのは、英国で穀物条例が廃止された約2年後のことで、つまり英国のブルジョワジーが地主階級に勝利した直後である。マルクスは自身のこの演説をのちのちまで気に入っていたようで、『経済学批判』の「序言」において、『共産党宣言』と共にこの『自由貿易論』を挙げている。さて、ここでマルクスが想定しているのはドイツを含むヨーロッパの狭い範囲のみであることには注意する必要がある。では今日ではこの問題をどう考えたら良いのであろうか。私が今のところ最も共感するのはハジュン・チャンが『はしごを外せ』(横川信治監訳。日本評論社。2009年刊)などで展開する主張である。
 この本には思い入れがある。昨年亡くなった伊藤誠先生が主宰していた「木曜塾」で先生の著『経済学からなにを学ぶか』(平凡社新書。2015年)を題材に教わっていたときに、このチャン(韓国出身の、当時ケンブリッジ大学準教授。ボブ・ローソン門下らしい)の著作について「歯切れよく歴史学派の発想を活かす好著」と推奨されたので読んだ。その日本語版への序文にはこうある。「現在の富裕国のほぼすべてが、発展途上国であったときに東アジア型の貿易・産業政策を使ったことを、本書の調査の過程で発見したことは、私にとってさえ衝撃的であった。」つまり、戦後日本のとっていた保護貿易策、19世紀のドイツでとられていた多くの政策措置は、「自由貿易の母国とされているイギリスやアメリカで発明されていたことが明らかになった」というのである。「イギリスは、19世紀初めまで世界で最も高い関税率を掛けていた。アメリカ合衆国は、つねに自由貿易の国であったという見せかけにもかかわらず、第二次世界大戦まで1世紀以上にわたって世界で最も保護主義的な国だった」。「日本・韓国・台湾では・…彼ら自身が今やはしご外しをおこなっている」「彼らこそが、国は自由市場・自由貿易政策を基礎にして発展したのではないことを告げることによって、はしご外しの鎖を断ち切ることができるのである。それにもかかわらず、彼らは、発展途上国が介入主義的な貿易・産業政策を使うことを困難にする国際協定を支持することによって、今やはしご外しに熱心に参加しているのである」「日本の読者が、その歴史的経験から得た真実の教訓を発展途上国に広げるという歴史的義務を自覚できればと望んでいる」と。ちなみに「はしご外し」とは19世紀ドイツの経済学者、フリードリツヒ・リストが用いた語で、最高の競争力を獲得した勝者・英国が、後から追ってくる国々にチャンスを与えないことを意味している。そして自由貿易体制が19世紀後半の短い一時期に広がった時期でさえも「世界の大部分は植民地主義を通し、または名目的な独立国家の場合には不平等条約を通して、自由貿易の実施を強いられた」(27頁)と述べる。日本では幕末の、関税自主権のない通商条約によって開国を迎えた事実がある。
 チャンは今日でも発展途上国には「幼稚産業保護」策は維持されるべきだと訴えるのである。もちろん、米国のような超大国に対しては話は別だ。トランプ以降の米国の保護政策強化について、チャンはどう考えているのか、知ってみたい気がする。これは新手の、かつての日本や今日の中国に対する「はしご外し」だと思うのだが。
  ※
 最後に新自由主義が本格的に開始されて以降の貿易・投資の様変わりを確認しておこう。米国は貿易赤字を嫌い、私の言うところの「経済外的強制」を行使するのであるが、忘れてはならないことがある。米国籍の多国籍企業が世界中に投資しており、現地生産と輸出、現地販売で儲け続けていることである。ここでは中国との関係のみ簡単に記す。中国の輸出に占める外資系企業の比率は34(ちなみにベトナムでは74%)、輸入は38%だ(2021年)。
 米国は2020年までに対中直接投資残高を1200億ドル以上積み増している(香港を除く)。EV大手テスラは米中貿易戦争真っ盛りの2019年に上海でちやっかりと組立工場を建設、2022年には71万台を出荷した。それらは中国国内で販売され、或いはアジアや欧州に輸出されている。更にテスラは2023年、同地での大型蓄電システムエ場新設を発表した。対して2018年末の中国の対米直接投資残高は約400億ドル、迂回先を含めても600億ドルで、これは日本の4800億ドルの足元にも及ばず、対米直接投資残高の1・4%を占めるに過ぎない (以上ジェトロ報道など
による)。
     (文中敬称略、のざき よしのぶ)


●月刊「科学的社会主義」No.310 2024年2月号
      「闘わなければ社会は壊れる」
                           社会主義協会代表   河村洋二

  はじめに
 社会主義協会西日本理論研究会が、昨年12月9~10日、岡山県玉野市で開催された。研究会のテキスト『闘わなければ社会は壊れる』(今野晴貴/藤田孝則編、岩波書店)のテーマに引きつけられて一も二もなく参加した。最近の労働相談や国会中継、関ナマ闘争を描いたドキュメンタリー映画「ここから」等を見たり、聞いたりしながら、なんてこんな世の中になったのか?「広く仲間の意見を聞きたい」と思いながらの毎日だったからである。
 たとえば関ナマ闘争では、大阪広域生コンクリート協同組合(以下会社という)は暴力団や反共・レイシスト集団、在特会などと共謀して全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(以下関西生コン支部という)に対する暴力と挑発を繰り返し、労組つぶしに狂奔してきた。警察・検察は会社と結託して、正当な組合活動に対して会社を被害者に認定し、職場要求は強要脅迫、コンプライアンス活動は恐喝、ストライキは威力業務妨害として、逮捕、拘束、拘留をくり返した。労働組合法を無視し、関西生コン支部を暴力団と決めつけて組織犯罪対策法をこじつけ、刑事事件をダッチあげてきた。そして関西生コン支部組合員を81人逮捕、逃げも隠れもしない支部役員を最長644日も拘留し、検察官が労組脱退オルグをするなど弾圧のかぎりをつくしてきた。このまま終われば法も民主主義もない、社会はまさに壊れていただろう。しかしそこに関西生コン支部があった。関西生コン支部とそれを支える共闘会議の闘いがあったから、かろうじて社会は壊されないで済んでいる。私が「闘わなければ社会が壊れる」とする所以(ゆえん)である。
 日本のあらゆる分野で関西生コン支部的現象が起っている。すなわち政府反動権力によるいのちと権利、平和と民主主義を全面的に破壊する現象である。なぜこうなったのか?を私たちはしっかり考えねばならないと思う。私たちに何か欠けでいたのかを明らかにし、その克服のための闘いを準備しなければならないと思うのである。そこで私なりに考えて来たことをいくつか述べてみたい。

 ストライキ闘争で労働者に誇りを
 昨年は西武デパート労組のストライキが大きな話題になった。テレビや新聞でも好意的に大きく取り上げられ注目を浴びだ。スト迷惑論はほとんどなく激励の声が多く寄せられたという。世論の変化を感じたが、たった一日のストライキでは本当のところはよくわからない。それよりも気になるのはストライキに突入した当事者たちの気持ちである。果たして私たち労働者がいなければ仕事は回らない。社会も回らない。労働者の労働こそが社会を支えているんだ、労働者が主人公だといった気分になれただろうか?その辺のところをぜひ知りたいものである。
 さて、わたしたちは長い間ストライキを屈ってこなかった。その結果、労働者が社会の主人公などという感覚も久しく実感していない。しかし、確かにそう実感した時期があった。1970年代である。74年の国民春闘の時、75年のスト権ストの時である。74春闘では、筆者(当時、全逓徳島中央支部書記長)も24時間ストに突入し、郵便物が徳島郵便局内に山のように滞留したことを覚えている。そして28%(全国平均32%)の賃上げがあった。75年のスト権ストは、48時間の波状ストで郵便物が局の中庭まであふれ、テントをかけて保管する事態となった。国労は一週間のストに突入した。新聞は「スト決行中」と書かれた電車が一面のトップを飾り、テレビは線路上を歩いて出勤するサラリーマンを映していた。「労働者が社会の主人公だ」とは学習会で何十回となく読んだり聞いたりした言葉だったが、この時ほどそのことを実感した時はなかった。同時に労働者が社会を支えているということに自信と誇りが湧いたものである。1974年当時のストライキ件数は年間5050件(労働省)もあったが、今(2022年)は35件でしかない。”百聞は一見に如かず”ではないが、ストライキほど労働者に社会の主人公としての自信と確信を与えるものはない。
 しかし私たちは、このように重要なストライキ闘争についてあまりにも無関心であった。仲間に対してストライキについて学習やその意義をアピールし、実行を働きかけることをサボつてきたと思う。その結果、ストライキは話題にも課題にもならず、ストライキを指導できない役員が次々と生まれ、労働者としての自信も誇りもない持ち回り役員が、スト嫌いの連合労働運動の中で大量につくられているのである。
 このままでは、いざという時に社会が壊されていくのを私たちはじっと見ているほかない。社会を守る天下の宝刀を宝の持ち腐れにしないためにもストライキ論などの学習に取り組まねばならない。聞けば近年、アメリカ労働運動が再生、発展しているらしい。その過程でストライキ闘争を重視する指導者が生まれ、ストライキを背景に要求を実現し、それがさらに労働運動の再生に勢いをつけていると聞く。私たちもストライキ闘争を意識しながら労働運動再生の取り組みを上昇気流に乗せたいものである。

 「連合がしないできない運動」の強化を
 連合の存在価値は著しく低下している。労働組合の存在価値も同様である。主観的には別にしても、客観的には(世間では)全く存在価値がないといえる。連合自身こうした批判を受けて2003年連合発足15年の節目に「連合評価委員会」(中坊公平座長以下6人の学者、文化人)を設置し、連合労働運動の評価と今後の在り方の検討を諮問した。評価委員会は、要旨「企業別組合の限界を克服し社会的問題に積極的に関わるよう意識改革を」(筆者解釈)という5項目の提言をまとめ連合指導部に提起した。しかし提言は活かされず連合は従来以上に社会的な重要問題に指導性(見解や方針)を発揮してこなかった。改憲問題をはじめ、核兵器禁止条約、原発政策、消費税、税制改革など労働者や国民の生活に直結する重大問題に対しても何も見解を示さず行動も起こさず、いつもダンマリをきめ込んでいる。岸田政権が打ち出した大軍拡、大増税路線についても態度を明確にせず、結果として政府、自民党、大企業を利する行為を繰り返している。
 その結果、労働運動の存在価値は貶められ、限りなくゼロに近いものとなっているのである。それは毎年低下する労働者の組織率(22年度16・5%)に如実に表れている。選挙に至っては野党共闘を妨害し、自民党に門戸を開こうとさえしている。労働組合の命と思われる春闘(賃金闘争)についても大企業、大産別中心のだたかいで、統一闘争を否定、産別自決とし、春闘共闘は形だけとなっている。しかも自力ではたたかわず、政府の賃上げ推進路線に期待するなどいわゆるストなし管理春闘に終わっている。昨年の連合大会には岸田首相を招き、大熹びしていた。このような連合労働運動に労働者、国民が何かを期待するであろうか。否である。現場末端の労働組合や活動家の努力を踏みにじる連合労働運動が続くなら、社会が壊れるのは時間の問題であろう。
 連合労働運動ではだめだ。しかしただ反連合を叫ぶだけでもだめだ。仲間も組織もついてこないし、力にもならない。そこで私たちは[連合がしないできない運動]を積み上げて私たちの団結力と存在感を示して行こうと思った。それが国鉄闘争センター四国であり、同徳島であった。地区労・地域ユニオン交流会、徳島県春闘講座実行委員会、消費税の引き上げを許さない県民共闘会議、さよなら原発徳島実行委員会、JAL闘争を支援する徳島の会、労働組合運動の社会的役割を考えるワーカーズネット徳島であり、労働運動研究討論集会実行委員会への参加である。これらの共闘会議は数単産を軸に参加を希望する市民団体や共産党、新社会党、県労連、県平和運動センターの仲間とともに運営され、闘いの中でその存在感を徐々に高めている。社会が壊される前に「連合がしないできない運動」を組織したたかう力を蓄積していかねばならない。

 たたかわなければ戦争になる
 昨年の10月4日、野党統一候補であった仁木博文衆院議員(無所属・現、徳島一区)が自民党徳島一区支部長に決まった。あっと驚く大事件であった。徳島では仁木氏は民主党時代から立憲民主、民進党などの党首を務めた野党の顔だった。21衆院選も野党統一候補で勝利した。自民党入党の理由は「自民党でないと政策が実現できない」というものであった。長年の野党第一党の党首をしてこの軽薄さである。
 また昨年の国会でも驚くべきことが次々と決まった。ロシア・ウクライナ戦争を囗実に安保三文章が閣議決定され、国会で十分な議論もないままに防衛費43兆円や敵基地攻撃能力の保有、トマホーク400発、射程1600km級長距離ミサイル購入などが既成事実のように喧伝された。そしてそれを担保する防衛産業強化法や防衛財源確保法がスイスイと通過していった。さらには武器輸出三原則を改悪した防衛装備移転三原則の緩和が今議論されている。戦争する国できる国に大転換させる法律を多数決とはいえスイスイ決めていく国会議員に軽薄さを感じずにはいられない。だから本当に怖い。このままでは何か起こっても不思議でないからである。
 日米合同軍事演習では実戦さながらの戦闘訓練が行われ、自衛隊にはこれまでのようなサポーター的参加ではなく、すべて自衛隊が主体的に判断し進めていく。自衛隊員も戸惑うほど、訓練内容が転換されている。沖縄の島々には武器弾薬庫、シェルター、ミサイル基地、軍用飛行場が次々と建設されている。まるで戦争前夜の様相である。明らかに平和な社会が壊されている。大軍拡、大増税阻止をたたかいぬかねばならない。闘わなければ戦争になるからである。
     (かわむら ようじ)


●月刊「科学的社会主義」No.309 2024年1月号
      即時停戦イスラエルとパレスティナ、共存の道を拓け
                        社会主義協会事務局次長   津野公男

 イスラエルによる無差別的なガザ地区への攻撃が行われ、多くの非戦闘員たちが殺されている。また、ガザ地区だけでなく、ヨルダン川西岸でも武装したイスラエル人との衝突が増えている。この原稿を書いているいま(2023年12月11日)も事態は流動的で、終息の見通しはたっていない。したがって今の時点で論じることのできる範囲での原稿である。
 無差別的なハマスの襲撃も国際法違反であるが、イスラエルのなりふり構わないガザ地区への攻撃も国際法違反で、到底許されるものではない。いまも多数の犠牲者を出している事態を回避するためにはイスラエルの軍事行動の即時停止となんらかの休戦協定締結、その後、オスロ協定で約束されていた「両国」の共存を可能とするさらに緻密な協定をつくりあげるしかない。
 まず、アメリカの対イスラエル政策の根本的転換である。イスラエルはアメリカなしには存在できない。極右ネタニヤフ政権の暴走を止めることができるのはアメリカだけである。その後の両国の共存を求める活動は、双方の根深い憎悪の応酬の経緯からも、ハマスやパレスティナ自治政府と強いパイプをもっている周辺のアラブ諸国と国連のヘゲモニーが発揮されるしかない。

 「直接」のきっかけは、
 イスラエルによるガザ支配と入植活動

 イスラエルとハマスの衝突を10月7日のハマスの一斉ミサイル攻撃、民間人襲撃、それに対応したイスラエルのガザ地区への空爆、ガザ地区北部での地上軍投入の報復、つまりハマスからの先制攻撃ととらえるのでは事態を正しくとらえられない。長期にわたる、イスラエルによるヨルダン川西岸への入植の強行によって、アラブ人が追い出され、武力的、非武力的衝突は以前から続いていた。また15年間にわたる実質的な占領下、封鎖(封じ込め政策)に置かれていたガザ地区は「天井のない監獄」と呼ばれていた。ハマスの攻撃の直前にも大規模な衝突があり、イスラエルによるパレスティナ難民キャンプへの攻撃が行われている。

 アメリカの責任は大きい

 アメリカ政府(特に民主党政権)が、イスラエルのユダヤ原理主義的な、攻撃的な政策にたいしては「苦言」を呈してきたのは事実である。しかし、イスラエルに対する「特別な感情」がイスラエルの暴走を食い止めることを躊躇してきたのである。一つは宗教的つながりであり、とりわけアメリカ人口の四分の一を占める「キリスト教福音派」は、聖書の「約束の地=パレスティナ」を固く信じている。また、現在1500万人いると言われるユダヤ人は、630万人がイスラエルに、アメリカに750万人が住み、85%ぐらいを両国が占める(人口統計には諸説ある)。そして600万人も虐殺されたホロコーストに対する想いもある。アメリカのなかの人口比で2%弱に過ぎないユダヤ人ではあるが、政治家たちへの潤沢な政治資金供与などという話とは別に、アメリカにとってユダヤ人、イスラエルとの心情的つながりは強い。したがって、イスラエルを守るためにはなりふり構わない、いわば「条件反射的」な軍事的支援や国連でのイスラエル非難決議への拒否権行使を行ってきた。それに、いわゆる「自由で民主主義的価値観」をともにする中東の「兄弟国」という意識も強い。また、冷戦時代にはアラブ諸国ににらみを利かせる「地政学的位置」も占めていた。ヨーロッパの場合もホロコーストの経緯からイスラエルに対する厳しい批判は避けてきた傾向にある。むしろ、イスラエル批判はタブーであった。しかし、いまアメリカ国内においても、ヨーロッパ諸国においてもイスラエルにたいする支持は、着実に変化を見せている。

 シオニズムとイスラエル建国、オスロ合意

 シオニズム=国家をもたないユダヤ民族のなかでの「約束の地」に帰ろうという思想は、19世紀ごろから政治運動の形をとる。とくにそれが一挙に爆発的に高まるのは、600万人が殺害された、ヒットラーによる「ホロコースト」であり、国家をもたないがために惨事を迎えた、「約束の地」に帰り国家建設をという運動が高まった。
 第一次世界大戦時、約束の地パレスティナはオスマントルコの支配地であった。オスマントルコと対峙していたイギリスは、オスマントルコ支配を覆すためにユダヤ人たちにこの地での建国を約束し(「バルフォア宣言」、1917年11月)、また同じくオスマントルコ支配に反抗していたアラブ民族の独立を約束する書簡をメッカの太守フセインに送る(いわゆるイギリスの三枚舌)。その裏ではロシア・フランス・イギリスとの間にオスマントルコ領の領土分割協定(サイクス・ピコ協定)も結ばれていた。そして、終戦後パレスティナとヨルダンはイギリス、レバノンとシリアはフランスの委任統治領となる。
 そして第二次大戦時のホロコーストを経て、いっそう国家設立の機運がたかまった。迫害を逃れたユダヤ人たちは当時はアメリカやヨーロッパに脱出するものが多かったが、イスラエルの建国とともにパレスティナへの移住が進んだ。
 1947年、国連はアラブとユダヤの二つの国家をつくる「パレスティナ分割決議」を採択する。しかし、この決議はユダヤ系住民に57%の土地を、アラブ系住民に43%の土地を与えるというもので、アラブ諸国家からの猛反発を受けた。激しい対立のなか、イギリスは撤兵、撤退する。
 1948年のイスラエルの建国時に起こった第一次中東戦争では、70万人のパレスティナ人がヨルダン川西岸、ガザ地区、ヨルダン、シリア、レバノンなどに逃れる。国連は「パレスティナ難民の帰還を促す決議」を出しているがイスラエルは実質上拒否している。さらに1967年の第三次中東戦争では、勝利したイスラエルによる軍事占領が続いた。占領下の支配に対する不満は、1987年の「インティファーダー」と呼ばれる反占領闘争を呼び起こすことになる。
 1993年9月13日(今年は30周年)に、スウェーデンの仲介によってオスロでイスラエルとパレスティナの「国家共存」(オスロ合意)が締結された(なお、2012年には「パレスティナ自治政府=アラファト議長」は国連にオブザーバー国家の地位を得ている)。世界は、多くの犠牲者を生み出してきた長らくの紛争解決に希望を見出していた。

 進まないオスロ合意、
 イスラエルにおける修正主義的ユダヤ主義の拡大

 しかし、イスラエル内部にもパレスティナ内部にもオスロ合意推進に抵抗する勢力を抱えていた。
 合意が締結された直後の1995年11月、オスロ合意の締結に尽力したラビン首相が宗教右派の青年によって暗殺される。また、パレスティナ自治機構のなかでもアラファト議長の所属するファタハ支配への不信、そして政権の汚職、またイスラエルの入植活動への対決姿勢の弱さなどによって国民の支持を失い、ハマスが選挙で勝利する事態が起こった。2007年、ファタハがハマスをヨルダン川西岸から追い出し、ガザ地区に移ったハマスがファタハを追い出し、現在の構造が生まれた。パレスティナ自洽機構のなかにも対立は激化していたのである。
 イスラエルでは、オスロ合意締結時は圧倒的に労働党が強かったのであるが、だんだんに過激な思想を持つ右翼勢力(修正主義的シオニズム)が支持を強めて来ていた。労働党の急速な凋落と右派勢力の台頭である。最近では2022年11月1日の国会選挙で、野党であったリクード(ネタニヤフの党)が第一党となり、パレスティナの地はユダヤ人のものだという主張を持つ極右政党とともに極右連合政権が誕生した。ネタニヤフは汚職によって、告訴され首相の地位を追われると有罪になることが必至で、それを避けるよう法律改正を進めようとしており、これまでもこれにたいする激しい退任運動が広かっていた。イスラエル国内でも、極右政権の政策に反対する声、民間人攻撃に反対する声、パレスティナ人との共存を求める声は高まっている。

 大きく変わるアメリカの対イスラエル意識

 イスラエルのガザ地区侵攻に対する批判は世界的に高まっている。ユダヤ人とパレスティナ人民の共存を訴えるユダヤ人若者のデモも各地で起きている。アメリカではユダヤ人若者による、イスラエルの蛮行を抑えきれないバイデン大統領を批判する議事堂への「乱入事件」も起きている。
 とくに、劇的なのはガザ侵攻の始まったのちの10月中旬に行われた「イスラエル政府の軍事的対応の正当性」を問うCNNなどの調査結果である。正当性を支持する割合は、65歳以上81%、50~64歳56%、35~49歳44%、18~34歳27%と若者の支持率は極端に低い。反差別意識、人権意識が高く、抑圧される側に共鳴するきわめて健全な傾向である。また、民主党支持者のなかでも、63%がイスラエルのガザ地区攻撃を支持しない(11月のギャロップ調査)と回答するように変化してきている。着実にイスラエルに対する批判は高まっている。社会的亀裂が深まり、トランプのような右翼ポピュリストが幅を利かすアメリカにおいて、大統領選挙を来年に控えたバイデン大統領にとっては、これまでの伝統的な支持層の引き留めに苦慮するとともに、他方では若者の新たな動きへの対応が求められる難しい選択が突き付けられている。しかし、とるべき道はもはやはっきりしている。
     (つの きみお)




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