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展望

科学的社会主義の展望  2020年7月~12月


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2018年7月~12月  2018年1月~6月

●月刊「科学的社会主義」No.272 2020年12月号
   菅政権の本質を暴露し、無党派層の獲得を
                              社会主義協会事務局長  福田実

 はじめに
 菅首相は官房長官時代、権力を使って官僚・マスメディアへ圧力を続けてきた。そして、今は日本学術会議である。官僚には「左遷」で支配し、マスメディアには「脅し」であった。それは事例に事欠かない。例えば、最近は記者会見での「質問封じ」と記者所属の東京新聞社への圧力、前にはNHKの経営委員会人事に介入、またクローズアップ現代の女性キャスターを降板させた。2015・16年には報道ステーションのコメンテーターやキャスター、NEWS23のキャスターを降板・退任に追い込んだと言われる。だから今、マスメディアの権力への忖度が目立つ。
 その一例は、2019年参院選である。投票日は7月21日。ある新聞は次のように報道した。無党派層の比例区投票先(7月6日)では、「2013年自民41%、16年35%、今回42%」「自公3年前の勢い維持、無党派層の42%比例は自民」、加えて年金問題、消費税増税問題などは「否定的な人多くても、野党へ大きくは流れず」と続いた。
 ところが選挙結果を受けた同新聞の出口調査(7月23日)では、無党派層の投票先として自民20%、立憲19%、維新12%、れいわ10%、共産9%等と報道した。事前調査で自民41%、出口調査20%では違いすぎる。事前報道は立憲野党の支持層の士気に影響するし、無党派層が投票所に足を運ぶのを遠ざける。
 なお19年参院選の投票率は国政選挙では24年ぶりの低投票率(48.80%)をもたらした。自民党の勝利戦略が「低投票率と野党の分断」(中野晃一上智大教授、18年11)であることを考えると、低投票率は立憲政党にマイナスに影響したと考える。
 発足時の菅政権が高い支持率を得たのも、「パンケーキが好きで、雪深い秋田の農家出身の苦労人のおじさん」、といったメディアの忖度がある。(菅首相が度々行くホテルニューオータニのパンケーキは1800円といわれ、庶民には無縁なものだ。)
 メディアが政権に忖度して、正しい情報を提供しなければ、世論調査や選挙結果でも正しい民意が反映されないのは当然である。とくに無党派層への影響は大きい。

 1 無党派層の獲得が野党共闘の勝敗を決する
① 11月1日投票の大阪市の「都構想」住民投票は都構想反対派が僅差で勝利した。NHK出口調査において政党支持率は維新27%、自民25%、公明6%、共産5%、国民0.4%の中で「特になし(無党派層)」は最大の31%であった。毎日新聞では無党派層は37%にも上る。そして無党派層の投票先はNHK・毎日・朝日・時事通信とも、賛成約4割、反対約6割とほぼ同じである。つまり、現状の力関係の中で、無党派層が勝敗を決したと言える。
② 本年7月5日投票の東京都知事選は、自・公が支援した小池ゆり子氏が圧勝した。NHK出口調査(2845人)による各党の支持率は自民党33%、立憲民主7%、国民民主1%、公明4%、日本維新の会4%、共産4%、れいわ新選組2%、都民ファースト1%で、「特に支持している政党はない(無党派層)」が42%である。この42%のうち、無党派層の54%が小池氏に投票した。なお立憲政党(立憲・共産・社民・新社・みどり)が推した宇都宮健児氏は無党派層の10%台後半を得たとされる。自・公の組織票と無党派層の54%が「圧勝」の背景だが、連日コロナを利用してマスメディアに報道され、争点を明確にするテレビ討論が行われず、新聞報道が大変少なかったことも無党派層を小池氏が獲得した背景と言える

 2 立憲政党本来の支持層が無党派層に(橋本健二氏の分析)
① 無党派層の重要性を示すものに小熊英二慶應大学教授の分析がある(17年10月、「3:2:5」の構図)。本誌に以前紹介した。ポイントを再述すれば「日本人は右が3割、左が2割、中道が5割」「12年以降の国政選挙投票率は5割台で、中道5割の多くは棄権している」「自公に勝ちたいなら、リベラル(2割)を維持しつつ無党派層を積み増すしかない」「民主党が勝った09年衆院選は投票率69%で、棄権が3割、リベラル(2割)に無党派層(2割)が加わり、自公(3割)に勝った形だ」と。つまり、現時点での力関係では(2割のリベラル層)プラス「無党派層」の獲得なくして、展望はないと指摘している。
② 次に紹介するのは、橋本健二氏早稲田大学教授の「『新自由主義右翼』の正体」(「世界」、20年11月号)及び『〈格差〉と〈階級〉の戦後史』(河出書房、20年1月刊)である。
 橋本氏は『戦後史』で、「2017年政府資料」等を参考にして、彼の階級・階層論を踏まえその構成人口等を次のように記す。資本家階級約219万人(3.5%)、従業員規模が5人以上の経営者・役員・自営業者・家族従業者とする。新中間階級1450万人(22.8%)、専門・管理・事務に従事する被雇用者で、差別を受けている女性と非正規の事務を除外。労働者階級を3階層に分け、正規労働者2194万人(34.5%)で、専門・管理・事務以外に従事する被雇用者(女性と非正規の事務を含める)とする。非正規労働者913万人(14.4%)。パート主婦826万人(13.0%)である。そして旧中間階級571万人(11.8%)で、農民層・従業員規模が5人未満の経営者・役員・自営業者・家族従業者としている。中小零細経営者等を入れても資本家階級はほんのわずかである。
③ そして、注目したいのは彼の「世界」の論文である。2016年首都圏調査を基に、「政治意識から抽出された3つのクラスター」に分けて分析している。全体に占める割合は、「新自由主義右翼」10.2%(自民党支持率63.2%、その他の政党3.7%、支持政党なし33.1%)。加えて紹介すれば、貧困、沖縄、護憲に冷たい層である。「穏健保守38.9%(自民党支持率32.4%、その他10.6%、支持政党なし56.9%、)。「リベラル」50.9%(自民党支持15.2%、その他14.9%、支持政党なし69.9%)。追加して紹介すれば、この層は沖縄米軍集中支持1.4%、憲法改正・軍隊保持支持1.0%で、左派的である。
④ 多くの示唆がある論文であるが、無党派層のみ注目したい。支持政党なしが、新自由主義右翼は33.1%に対して、穏健保守は56.9%、リベラルでも69.9%もある。それを踏まえ橋本氏は次のように指摘する。「(リベラル層)野党の支持者となっても当然と思われるこれらの人々から、野党は7分の1ほどしか得ていないのである」「リベラルの多くは支持政党を見つけられずに『無党派』となり、そのかなりの部分は投票所に足を運ぶことがなく、その票は宙を漂う」と。そして結論は「必要なのは『リベラル』を代表する政党を再建すること、そして『新自由主義右翼』と『穏健保守』の間に楔を穿つことだろう。その鍵は、穏健保守を支持基盤とする自覚する政洽家たち(*石破・岸田等―*印は筆者、以下同じ)との連携である」と。
⑤ 橋本氏は、さらに安倍政権(菅政権も)は「新自由主義右翼」を岩盤層と考えていると指摘する。(*この層を維持するために、自民党の杉田水脈衆議院議員を守り、三浦瑠璃氏を成長戦略会議に起用したと推測できる。)
 だから、「穏健保守」層との多くの矛盾もある。私たちの当面の課題は、「リベラル」「穏健保守」層の「支持政党なし」が57%~70%もあることを重視したい。そして橋本氏が指摘するように、まず51%を占めるリベラル層の無党派層を投票所に向かわせること、立憲政党側に寄せることである。そしてさらに「1%対99%」の基本的対立を如何に自覚させるかが課題になる。

 3 所信表明からみえる菅内閣の立ち位置
 菅首相の所信表明(10月26日)は9項目に分かれるが重要なのは「デジタル社会の実現」である。しかし、いくらデジタル化が進んでも、個人情報の保護、労働時間の短縮、格差の解消などその恩恵を勤労国民に戻すことができなければ犠牲だけが強制される。
① 所信表明等で、ここで取り上げたいのは各階級・階層に関連するところである。労働者層向けの言葉には、「最低賃金の全国的な引上げに取り組む」「同一労働同一賃金など」があるが、目標値や法律改正を囗にしない言葉は「馬の鼻先に人参」に近い。とくにアンダークラスの解消や外国人労働者の人権確立に触れないのは犯罪的である。
② 農林水産業に関しては、「輸出」は強調しているが、多くの関係者が求める個別所得補償や食料等の自給率の向上には触れず、何の期待ももてない演説である。
③ 中小企業に関しては「経営人材の紹介」だけである。成長戦略会議有識者8人のメンバーに「中小企業淘汰」を主張する竹中平蔵氏、デービッド・アトキンソン氏などが起用されていることを考えれば「中小零細企業の淘汰政治」が予定される。
④ つまり、階級的観点で見れば新自由主義のさらなる推進であり、労働者階級の各層、農民、中小企業経営者へ夢と展望を与えるものではない。

 4 結語
 菅首相は、解散総選挙前は、携帯電話料の引き下げ、待機児童の解消、男性の育休取得促進、不妊治療の助成拡大などを目玉にするために進むと考えられる。そして総選挙で政権が維持できれば新自由主義の全面展開となる。その人的布陣はできている。これを阻止するのは「市民と野党の共闘」であり、その一翼としての新社会党の奮闘努力である。
   (ふくだ みのる)



●月刊「科学的社会主義」No.271 2020年11月号
   菅首相の経済政策・人事・人脈
                              社会主義協会理論部長  野崎佳伸

 9月16日に発足した菅義偉内閣は初閣議で「我々の目指す社会像は自助・共助・公助そして絆」「行政の縦割りや前例主義を打破し、既得権益にとらわれずに規制改革を全力で進める」とする「基本方針」を閣議決定した。ここでは菅首相の経済政策、党人事、党外の人脈について検証する。

 【経済政策批判】 内閣の「基本方針」とその後の記者会見で菅首相は、新型コロナ対策やアベノミクスを継承するとした上で、目新しいところでは「デジタル庁」の新設、不妊治療への保険適用実現にふれた。またそれまでの発言では地方銀行の合併再編、中小企業の再編、携帯通話料金の引下げ、最低賃金引上げに言及している。
 菅首相のいう「自助・共助・公助」は2010年自民党の綱領にもあり、1950年の社会保障制度審議会の勧告にも見られるもので、戦後の社会保障を貫く基本理念であり新味はない、とするむきもあるが果たしてそうか。男性稼得者が比較的容易に職を見つけ、退職するまで家族を養い続けられるという世の中はとっくに崩されてきた。「共助」の中心的制度たる年金、医療、介護等の社会保険は少子高齢化の影響もあって持続不可能になっている。だが自公政権は法人税率を引下げるかたわら消費税の引上げを行い、勤労者への負担転嫁を強行してきた。自助・共助が困難な今日こそ公助の仕組みを強化し再設計せねばならない。そのような時代の自助の強調は、保守を装う新自由主義に他ならない。
 アベノミクスの3本の矢の継承について反省無く語るがそれで良いか。第1の矢、金融政策は深掘りの余地に乏しく、出口戦略は更に見通し難い。第2の矢、財政政策では積み増しされる国の借金が国民に、将来の増税や社会保障の削減への不安を与えている。第3の矢の成長戦略については何の成果もあがらず、例えば国家戦略特区はお友達企業を潤しただけに終わった。そもそも安倍の「新・3本の矢」などに見られる出生率回復や介護離職ゼロ、女性の活躍、「同一労働同一賃金」などは単に選挙対策として掲げられただけで、目標は未達成どころか、かえって悪化したものも多い。それらを継承すると言うのなら、まず総括が欲しい。女性活躍への配慮は、菅人事ではその形跡がまるでない。
 菅政権はデジタル庁創設のための法案成立を来年の通常国会で目指す。それを進言するのは竹中平蔵らである。確かに日本はコロナ対策で失態を演じたように、北欧や韓国に比ベデジタル化か遅れている。その最大の理由は有権者に根強くある政治への不信である。情報漏えいや違法な現金引出し、頻繁に起こるシステム障害への不安払しよくが先決である。
 また「3社による寡占」と指弾される携帯電話事業であるが、通話料金引下げが若者の支持を得たようで、菅内閣支持率を押し上げた一因とされる。だがそこには新たに参入してきた楽天の三木谷浩史の意向が働いていないか。
 地方銀行の合併再編や中小企業の再編、最低賃金引上げについても、構造改革派の財界人らの入れ知恵と報じられる(後述)が、地方経済をかえって弱める可能性さえある。経済にうとい菅首相が彼らに食い物にされる可能性は否定できない。
 菅首相が言及しないことについても目配りが必要である。まず格差と貧困の解消について全く触れないことである。まずは自助、自己責任と言いたいのであろうが、ここでは秋田県出身の苦労人という自作自演の物語が利用される。また非正規労働者拡大への対処、労働法制の見直しについても眼中になさそうである。更に地球温暖化への対応についても沈黙している。そもそも、日本経済をどう立て直すのかという大きな指針が語られない。


 【組閣等にみる人事】 菅内閣の閣僚配置は派閥均衡に目配りしたと言われるが、それはむしろ結果であろう。菅の人選はもっと周到な面がある。まずは「恩返し」に安倍の実弟の岸信夫(初入閣)、それぞれの親父に世話になった梶山弘志(再任)、小此木八郎を閣僚に入れた。また、同じ神奈川県選出の小泉進次郎、河野太郎、小此木を選任し、更に96年初当選組の田村憲久、平沢勝栄、河野を入れた。同期の絆は派閥を超えて強いものと言われる。それは自民党の新執行部選びに更に鮮明である。
 総務会長の佐藤勉(麻生派)、政調会長の下村博文(細田派)、選対委員長の山口泰明(竹下派)は菅首相と当選同期である。また国対委員長に再任された森山裕(石原派)は、安倍晋三が退陣を表明した翌日の8月29日、幹事長の二階俊博、その側近で幹事長代理の林幹雄と共に菅と会談している。この4人組は全員が秘書や地方議員からのたたき上げである。この会談で総裁選の行方は事実上決まったとされる。この4人は定期的に会合を持っていたが、本年6月17日には「次は菅」で一致していたという。ちなみに安倍が持病再発の兆候を定期健診で指摘されたのは同月13日とされる。
 また衆議院自民党内には無派閥・非世襲の会があり、これに参議院を加えた若手「菅グループ」が存在する。この中から菅は3名を副大臣に、2名を政務官に抜擢した。菅政権は来秋の総裁選までのつなぎ、という見方は今や霧散した。
  
 総裁選のさなか、菅は官僚について「政策に反対するのであれば異動してもらう」と語った。そしてすぐに有言実行に移る。安倍政権下で権勢を誇った経済産業省出身の今井尚哉、長谷川栄一、佐伯耕三は更迭。警察庁出身の杉田和博官房副長官、北村滋国家安全保障局長、国交省出身の和泉洋人首相補佐官は留任した。杉田は内閣人事局の三代目局長も兼務する。警察を押さえておくことは菅にとって醜聞封じに不可欠なのである。また前官房副長官補の古谷一之(財務省出身)は公正取引委員会の委員長に就いた。独占禁止法がらみの携帯通話料引下げや地銀の統合再編を見据えた人事である。
 こんなエピソードがある。2019年5月14日の経済財政諮問会議で最低賃金引上げを巡り論争が生じていた。まず新浪剛史議員が毎年5%程度引上げを目指すべきと主張した。菅官房長官が仕向けたとされる。それに反対したのは世耕弘成(経済産業相・当時)や中西宏明経団連会長、今井尚哉ら経済産業省であった。中小企業にその体力はないというのである。そして世耕は昨秋、大臣を退任。今井らの扱いは先述のとおりである。今井、佐伯らはアベノマスクや「自宅でくつろぐ安倍首相」の映像配信を進言し、世間の不評を買った。このころ菅は新型コロナ対策の中心からはずされており、その意趣返しの意味もあるであろう。かつての日経連・櫻田武会長の「警察・検察・裁判所及び所要の官僚機構が健在で(あれば)」という諌めを今に実行しているかのようである。
 さて10月早々、菅は元共同通信社前論説副委員長で秋田県出身の柿崎明二を新たに首相補佐官に任命した。柿崎はそれまで安倍政権に批判的だったとされるので、マスコミ界には衝撃が走った。真意を測りかねる向きもあるが、菅の狙いはマスコミ界の更なる言論支配にあるのは疑いない。菅はまた日本学術会議の会員選任にまで口をはさんだ。中島岳志・東京工業大教授は「菅の狙いは忖度(そんたく)を加速させること。理由を明かさないことで周囲が詮索し、自主規制のハードルを上げてしまう。明確な理由が提示されないほど、忖度は加速する」と分析する。
 
 【党外の人脈】 先述した副大臣・政務官の選任では、大阪府が地盤の国会議員8名が選出された。大阪の自民党国会議員は16人(衆14、参2)であるから半数が選ばれたわけで、これは菅による露骨な自民党府連の都構想反対潰しであろう。もともと菅は大阪維新との関係が深く、かねてより松井一郎と太いパイプがあると言われる。安倍総理を初めて橋下徹に引き合わせたのも菅であり、今回の組閣で「2025年万博担当大臣」を新設したのも維新への配慮である。
 公明党との関係づくりにも余念がない。集団的自衛権の閣議決定、安保法制の成立に公明党を巻き込むため、安倍政権は自民党税制調査会や財務省の反対を押し切り、公明党の主張する消費税の軽減税率導入を容認した。公明党・創価学会側の菅への信頼も厚いという。何より自民党議員の当選には創価学会票が欠かせないのだから、当然と言えば当然である。
  
 民間人のブレーンでは、マクロ経済政策での相談役は今のところ見当たらない。個別政策では、首相就任後に早速、竹中平蔵と面会している。竹中は、デジタル化は縦割り行政打破のためにこそ必要、と吠える。また竹中や高橋洋一嘉悦大教授は「電波オークション」や放送業界再編を主張しているという。安倍政権下で成果を上げた海外観光客招致策は、小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長の提案による。アトキンソンは最低賃金の引き上げや中小企業の再編も提唱するが、先述のように新浪剛史も支持する最低賃金引上げは格差是正の観点からではなく、中小企業経営者に生産性の向上を迫る構造改革の一環として説かれる。競争力のない中小企業は市場から退出せよ、ということである。
 規制改革は竹中や金丸恭文フューチャー会長兼社長らの意向が強い。金丸は未来投資会議の議員を務める。労働市場改革やデジタル化を訴える急先鋒で、非常に危険な考えの持ち主である。コロナ禍ではオンライン医療の解禁を訴えた。また楽天は菅が利用料の4割下げを提起した携帯電話事業も手掛ける。菅に知恵を付けたのは三木谷かも知れない。
 地銀再編や大阪・神戸を国際金融都市とする構想は、SBIホールディングスの北尾吉孝社長が提唱している。その社外取締役の一人が竹中平蔵である。利権がらみの財界人らとの付き合いは菅政権のアキレス腱にもなりうる。
   (のざき よしのぶ)


●月刊「科学的社会主義」No.270 2020年10月号
    安倍退陣と野党に問われるもの
                               社会主義協会代表  石河康国

 本稿締め切り時に安倍首相辞任と菅政権発足が確実となった。安倍辞任表明の冒頭で、感染症法の見直しによるコロナ対策の「生命軽視」への転換と、「敵基地攻撃能力」検討を次期政権への置き土産として公言したことは、象徴的である。しかし9月初の段階では自民党支持率は上昇し、野党は停滞している。8年近い長期の悪政を許したのは、ひとえに野党が弱体であったからだ。
 菅政権の先行きは、年内の可能性が大きい解散総選挙の結果に左右されるだろう。野党の態勢立て直しが急務だ。
 そういう中で野党の合流「新党」が結成される。社会民主党は合流の是非を決めていない。
 「新党」のルーツは旧民主党である。それは社会党・総評ブロック解体と小選挙区制導入のなかから、「連合」の介在で生まれた。この党は離合集散をくりかえしつつも、固定した中道」路線を継承する勢力として続いてきた。他方共産党が一定の勢力を維持し、社会民主党がその間に存続してきた。かくて国会における「立憲野党」は、長年「三極」の構造にあった。この「三極」が「二極」に統合されるか否かは、野党勢力の今後をどのように左右するだろうか。
 「新党綱領案」の要点をみてみよう。いつもながら情勢分析はない。勢い「基本理念」には、「自由」「多様性」「共生社会」「国際協調」「未来への責任」などのいかようにも解釈できる言葉がならぶだけである。
 具体的な政策スタンスがわかるのは以下のような個所だ。
 ①「象徴天皇制の下、日本国憲法が掲げる「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」を堅持します。私たちは、立憲主義を深化させる観点から未来志向の憲法議論を真摯に行います。②「公平に開かれた市場」、「過度な自己責任論に陥らず、公正な配分により格差を解消」。③「持続可能で安心できる社会保障制度を確立」、「生涯を通じた学びと挑戦の機会を確保」。④「原発ゼ囗社会を一日も早く実現」。⑤「健全な日米同盟を軸に、アジア太平洋地域とりわけ近隣諸国をはじめとする世界の国々との連携を強化」。
 この中に民主党発足時から長年変わらぬものが二つある。まず①憲法である。民主党結党時の98年「基本理念」には憲法三原則を「さらに具現化します」とされていたのだが、2013年の正式綱領では「未来志向の憲法論議」になり、18年の立憲民主党綱領にも継承され、そして今回もほぼ同じ表現で入った。次が⑤の安全保障で、98年には「日米同盟」を「深化」とあったのが今回は「軸に」と微妙に変化したが、日米安保条約を基軸とする態度に変わりはない。ただ民主党綱領にあった「自衛力を着実に整備」という表現は消えた。しかし「軍縮」は長年掲げていない。
 世界に先駆けて「非武装」を掲げた現行憲法こそ未来志向であり、「論議」でなく完全実施こそ必要なはずである。98年の「さらに具現化」を、あえて「論議」に変えたのは、「日米同盟」とならび強固なDNAと化しているのであろう。
 また米中対立や朝鮮半島の和平などで、非武装憲法をもつ日本が重要な役割を果たすべき今日、「日米同盟」基軸では、「未来」どころか現下の課題にも応えられない。
   
 一方、客観情勢の変化を反映して、変わった面もある。民主党結党から今日まで、リーマンショック、原発事故、そして新型コロナ禍があった。都度、市場原理・利潤追求と公的セクターの削減、民衆への「自己責任」と緊縮強制を旨とした新自由主義の弊害がつきつけられた。そこで民主党結党「基本理念」にあった「市場原理主義を徹底する一方で…公平な機会均等」から「市場原理主義を徹底」なる表現が消え、「新党綱領案」では②のような「過度な自己責任論」の否定と「格差解消」に落ち着いた。さらに「原発ゼロ」も明示された。
 ただ、機会は平等だけれども結果の平等は含意しない「公正な配分」に限定され、消費税の是非と階級間の所得再分配には言及しないなど、反省は不徹底である。
 なお「新党綱領案」には、「災害や感染症などの社会的危機に際しても、確実に機能する実効力のある政府を実現します」とある。コロナ禍などへの無策批判だろうが、行革や消費増税、雇用破壊が民衆生活の体力と命を守るすべを奪った現実の改革こそが掲げられるべきである。「非常事態条項」新設をにおわせる「実効力ある政府」ではないはずだ。
   
 「新党」は小選挙区での共産党も含めた野党協力は維持するようだ。あとで紹介するが、枝野氏も消費税減税の検討を表明し、「原発ゼ囗」については連合産別議員の不参加があっても堅持した。大衆運動を通じて「新党」の個々の政策に民衆の声が反映されるべく努めたい。だが共産党や社民党、新社会党など多様な声を代表する政治勢力の存在抜きに、「新党」が前進するとは考えにくい。綱領の問題だけではない。「新党」は共産党、社民党、新社会党などとは組織の性格が異質であって、事実上国会議員中心の「議員政党」だからである。「新党規約案」に党の組織性格は一目瞭然だ。
 3年前、小池旋風で民進党が解体した。民進党両院議員総会は全会一致で「希望の党」への合流を確認した。幸い女帝から「排除」された議員が立憲民主党をたちあげ、市民活動家の期待も受けて大きくなった。しかし立憲民主党も議員政党を脱することなく「新党」になった。議員個人はいかに志操堅固でも、大衆的な党組織に支えられなければもろい。小選挙区制度は、そのもろさを極度に拡大する。
 「新党」はこのもろさをかかえたまま、荒海にのりだす。半端な荒海ではない。世界は米中対立の激化で不安定な新時代を迎える。国際的役割が大となる日本は9条にたってそれを引受けるか、「先制攻撃能力保持」を視野に軍事力強化で乗り出すか、根本的な選択を迫られる。「財政逼迫」を前に、大資本への課税によるラディカルな所得再配分政策と社会保障の拡充に向かうのか、コロナ禍を放置して経済「弱者」の淘汰を促進し、デジタル分野などに財政投融資する構造改革路線で行くのか。菅政権は後者の路線を突き進むだろう。
 「新党」があいまいでは、右翼ポピュリズムに民衆は簒奪され、「新党」はまた難破しかねない。幸い、枝野氏はコロナ対策と限定しながらも「消費税の減税、中間層以下所得税の免除、現金給付の制度化」を検討するとした。野田元首相が失敗した緊縮路線を完全に払拭できないと、消費税減税を目玉とする維新にも勝てないだろう。
   
 「新党」への合流の是非をめぐって社民党は重大な局面にあるようだ。社民党には「新党」ではカバーできない客観的な存在意義があるから、議論が沸騰するのは健全だ。
 同党の綱領である「社会民主党宣言」(2006年2月大会採択)にはこうある。
 「戦争を放棄し戦力を保持しないとした憲法を変え、日本を再び『戦争の出来る国』へと回帰させることを否定します」。
 「私たちは目指します。憲法の理念が実現された社会を。それは、戦争の放棄を明確に決意した憲法が…位置づけた平和的生存権を尊重し、誰もが平和な環境の中で暮らすことの出来る社会です」。「私たちは目指します。格差を是正した生活優先の社会を。それは、競争こそ万能として規制緩和をやみくもに進め、『小さな政府』と称して福祉や医療、教育などの公共サービスを切り捨てていく社会ではありません」。
 (税制には)「所得を再分配させていく機能こそ必要です。逆進性の高い消費税を基幹税に位置づけて安易に税率を引き上げることは、低所得者層に一層の負担を強いるだけです。所得税・住民税の最高税率の引き上げや累進性の強化、企業に応分の社会的責任を求めた法人税の見直しに取り組みます」。「税と応能負担を原則とした保険料拠出によって、…新しい年金制度、…公的医療、…介護制度を実現するため、社会保険制度の抜本的改革を図ります」。
 「現状、明らかに違憲状態にある自衛隊は縮小を図り、国境警備・災害救助・国際協力などの任務別組織に改編・解消して非武装の日本を目指します。日米安保条約は、最終的に平和友好条約へと転換させ、在日米軍基地の整理・縮小・撤去を進めます」。「小選挙区制度ではなく、比例得票数を議席配分の中心に据えた選挙制度への改革が不可欠です」。
 (自社連立による社民党の)「日米安保条約・自衛隊・消費税などを容認し、小選挙区制や介護の保険化推進などの重大な過ち」(新社会党『21世紀宣言』)と指摘してきたことが一定反省されたものと考えられる。自衛隊の「現状…違憲状態」という規定は余計だが、それ以外は当面の政策として妥当だし、「新党綱領案」とは根本的なへだたりがある。
 自民などの改憲と、「新党」の「憲法論議」は、時機・内容とも同じわけではない。改憲勢力が北海道に行こうとするのに反し「新党」は新潟に向っているかもしれぬ。場合によってはそこから日本海ルートで北海道に行かぬ保証はない。一方、博多に向かう護憲派と社民党は同行できるはずである。東海道を南下する一行が活気にあふれて道中隊列が拡大すれば、新潟にいた人々も北陸ルートで大阪に向かうかも知れぬ。
 「憲法完全実施」は、共産党だけでは実現し難い。「新党」と共産党をつなぎ、また「新党」を南下させるためにも「第三極」政治勢力が大きくなることが必要である。
 憲法を生かした先にどう進むかは博多に着いてから考えるしかないが、まずは東海道を南下する仲間を増やさねば何も始まらない。
 社民党が「新党」に併呑されない道を選択するならば、護憲「第三極」の大事な核として、憲法を生かそうとする人々から歓迎されるのではなかろうか。

【付記】 各種世論調査は軒並み自民党支持率の急上昇と、合流「新党」系の低迷を示している。菅政権は権力補強のためには維新系との連携を探るだろう。危うい混沌の中で年内には実施濃厚な総選挙に、社民党として挑むことを、少なからぬ人びとが期待しているのではないか。

    (9月5日/いしこ やすくに)


●月刊「科学的社会主義」No.269 2020年9月号
   じわり地域に広がる「アイラブ憲法」活動
                              社会主義協会代表   河村洋二

 増えてきた。まなびあえる経験談
 コロナ大流行の間隙を縫って7月11日「9条の会徳島」第15回総会が開催された。コロナ禍ではあったが7地域、3職域の9条の会、プラス3地区労から約40人の世話人や市民が集まり活発な討論が行われた。
 最近の総会の特徴は、憲法9条を守る「アイラブ憲法」活動が、地域に滲みこみ、じわりと定着してきたことを感じさせる取り組みや経験談が増えてきたことである。特に「地域9条の会」の活動は、一発大講演会方式から日常的なアンケート調査や署名活動などを通じて、学生や住民に憲法9条の意義を伝える活動へと豊富化され、それそれぞれの「9条の会」ごとの創意工夫が、まなびあえる魅力的なものが多くなった。ここではその一端を照会し、読者の参考に供したいと思う。

 「9条が危ない」が野党の共通認識
 「9条の会徳島」は、2005年11月3日に1000名の世話人を集めて結成された。「護憲野党(文化人含む) の総結集をはかろう」ということで社民党T氏と筆者(新社会)で申し合わせ、民主党副代表I氏に呼び掛けた。断られることも想定されたが、一緒に選挙をやり、闘ってきたこともあって案ずるより産むがやすしでI氏から快諾を得ることができて会の結成に弾みがついた。共産党は全国的に「9条の会」を進めていたので賛同を疑わなかったが、それより心配されたのは共産党との共闘を連合系労働組合が拒否することだった。そこで、労働組合には組織加盟でなく、組織代表が個人の資格で「9条の会幹事」として参加していただくことで、労組の組織の選択の幅を広くし、ガチンコ共闘からやんわり共闘のイメージづくりに心がけた。
 また、この種の組織で一番の問題になる「幅広感をどう出すか」、「この会のまとめ役を誰にするか」でも工夫が必要だった。県内の学者、文化人、宗教家、労働運動、農業団体などが気持ちよく協力してくれる人材が求められるからである。そしてその任にふさわしい人として衆目の一致するところは、当時「吉野川第十堰可動堰化問題」や農業問題で活躍中のN氏(徳島大学教授)であった。要請には同行したものの「超多忙」を理由にすぐ断られるのではないかと内心ヒヤヒヤドキドキだった。しかし、N教授は「9条がなくなれば大変なことになります」と「9条の会徳島」の呼びかけ人づくりも含めてまとめ役(事務局長)を引き受けてくれた。こうして元・参議院議員乾晴美、徳大教授中嶋信、岸積徳島新聞論説委員、一番札所霊山寺住職など徳島の学者、文化人、宗教家28氏が呼び掛け人となり、野党が総結集した「9条の会徳島」が結成された。
 総会は「憲法を県民の暮らしの中に、若者の心の中に広げよう」と県民にアピールした。メーデーさえ統一できない中で、9条の会が結成できた背景には当時の世論調査で改憲論が過半数を占めることが多くなり「憲法が危ない、9条が危ない」という危機感が野党の共通認識として生まれていたことである。

 憲法9条の誕生祝う「9条祭り」
 あれから15年、「9条の会徳島」の活動は、5月3日の憲法講演会、11月3日の「9条祭り」を基軸に「憲法9条を県民に、県民とともに、若者の心に」を基調に取り組まれてきた。憲法9条の意義を県民に知らせ、県民に参加してもらい、そして9条の未来を担い、背負っていく若者に関心をもってもらうための取り組みが、試行錯誤しながら積み重ねられてきた。
 *「憲法街角トーク」(2007年開始)は、5月3日、反核憲法フォーラム(新社会系)など護憲4団体が、JR徳島駅前で憲法9条への県民の関心を高めるための共同アピール行動として企画され、マスコミに注目された。
 *「映画上映会運動」は憲法9条に関係する映画を上映し、県民に理解を深めてもらう取り組みであった。「日本の青空」(2007年、日本国憲法誕生秘話)、「陸に上がった軍艦」(2008年、軍隊の非人道性を告発)、「ジョン・ラーベ(南京のシンドラー)」(2015年、日本軍の皆殺し作戦からからの北京市民救出劇)、「コスタリカの奇跡」(2018年、中米の非武装国家コスタリカの進歩や発展そして国民意識の記録)、映画自体がメジャーでないため、観客動員には難があるが参加した市民、労働者への説得力は群を抜いているから教育宣伝には欠かせないものとなった。
 *「9条まつり」は2010年11月3日に始まり、以後毎年11月3日に開催してきた。護憲運動に参加する人の高齢化、活動家、マニア家が進み、若者や学生、女性の参加が少ない。どう克服するか?事務局ではいつも議論になった。ある時、収穫や大漁を祝うために世間では「祭り」をしている。憲法9条は世界の宝だ。にもかかわらずその誕生や収穫がどこにも誰にも祝福されていない。「憲法や9条誕生を祝う祭り」があっしてもおかしくないのではないか、ということで始められた。ゴジラやオスプレイの大看板や模型の展示、歌、踊り、バンド演奏、戦跡巡り、模擬店、寸劇、オークション、大喜利、手品等々面白おかしく、時々ピリリと辛い憲法論が効果的な祭りとなっている。まだ、400~500人の集まりだが、毎年実行委員会をつくり、出し物から、資金作りまで侃々諤々の議論が積み上げられて決行される。出演者の家族や友人、ゲストや模擬店の魅力にひきつけられた通行人など一般参加者が増えつつある。今年は10回目の節目だが、コロナでどうなるか?。
 *「9の日行動」とは毎月9の日に行う9条アピール行動である。「アイラブ憲法」とか「9条守れ」のプラカードや横断幕をもって通勤時間帯(8時前後)に街角でスタンディングするパフォーマンスである。県内では毎月15ヶ所ぐらいで取り組まれている。1ヶ所平均6~7名の参加だから全体では100名近い仲間が行動していることになる。安倍政権が安保関連法を強行採決した2015年ころから地域9条の会や地区労の取り組みとして広がりはじめ、いまや地域の平和活動の柱として定着してきた感がある。

 じわり地域に「アイラブ憲法」活動 ―第15回総会の報告、経験交流から―
 Kさん(西部みんなの9条の会)「未来を担う子供たちに憲法9条の意義を知ってもらうために6年前から『日本国憲法等についての高校生アンケート調査』をしています。学校帰りのJRの駅や待合室、塾の入り囗などで時間待ちをしている生徒が対象です。毎年500名ほどアンケートが集まります。高校生のアンケート調査するのは高校生が『アンケートを必ず読む』からです。憲法9条は読まなくてもアンケートなら読む。これは案外重要だと思います。アンケートの内容は『一、戦後75年間、日本が一度も戦争しなかったのは、日本国憲法第9条が存在していたからである』等、憲法に関する8項目の質問に『そう思う、そう思わない、わからない』の三択で答えてもらっている。
 今年のアンケート結果の特徴は、①60%の高校生が『9条守れ』、『戦争反対』、『紛争は話し合いで解決する』と答えたこと。これは過去4年間変わりません。②安倍政権が改憲しようとしていることを『知っている』高校生が45%いたことでした。6年前から高校生アンケートを続けてきました。9条の意義を知る生徒(2015年調査、11%)が一人でも多くなればと思っています」
 Mさん(阿波9条の会)「のぼり旗立てて9の日行動しています。また、平和写真展(7月~8月)を市内公民館で巡回開催しています。市の文化祭でも展示します。今年は会社、事業所に協力を呼びかけました。」
 Hさん(9条の会阿南)「地元の会社を回って9条改憲NOの署名をもらった。オスプレイの騒音がひどいので市長交渉を行った。徳島県に申し入れることとなった」
 Yさん(小松島市民アクション)「9の日行動を9日、19日、29日と行っている。市内で開催されるイベントを調査し、署名活動につなげたい」
 Tさん(鳴板9条の会)「高校生アンケートをどう活用するか討論したが結論出ていない。改憲NO!3000万署名を進めるためネームプレートをつくった。うまくいっている。というのは地域で署名に入ると、訪問先の人に不信がられて「早く帰ってほしい」と露骨に嫌がられる。そこでネームプレートを付け、こういう者ですと断って訪問すると安心して話を聞いてくれ、署名につなかった、からです。お勧めしたい」
 Nさん(弁護士9条の会)「徴用工判決の学習会をした。歴史認識の学習が必要だ。憲法カフェを開催したいと思っている」
 Tさん(美馬地区労)「9の日行動や反核餅つき大会などに取り組んできた。『平和の夕べ』もコロナでやめようとの声もあったが、平和のアピールを発信する取り組みとして何とか続けようということになった。」
 以上のように「アイラブ憲法」活動は、「9の日行動」や「高校生アンケート」、「会社や家庭訪問しての署名活動」、「平和の夕べ」、「憲法カフェ」などとして派手ではないが、じわりと地域に根を下ろそうとしている。われわれはこうした地域9条の会の取り組みを、発展させなければならない。ともすれば大輪の9条花火で、ヤッター感を味わい満足しがちだが、地域住民の中へ9条を守る運動を持ち込み、地域に根を張った運動として広げ、老若男女の地域住民とともに9条のある社会を祝えるものにしていきたいと思っている。
  (かわむら ようじ)


●月刊「科学的社会主義」No.268 2020年8月号
   リーマンショックからパンデミックへ
                              社会主義協会代表   石河康国

 パンデミックは、新型感染症への社会の無防備さをさらけだし、世界中でさまざまな対処方が模索されている。その当否は、十余年前のリーマンショックが見せた「百年に一度の危機」と、それに伴う世界の階級対立の変容をふまえて判定される。十数年間の資本主義の構造と政治の二重の変容のうえにたった新型コロナ禍だからである。対処を誤れば、パンデミックが収束しても、民衆の生存の不安定さはさらに進行する。

 リーマンショック後の世界経済
 リーマンショックから今日までの経済の変容の特徴として、格差と貧困の拡大の一方で、公的資金で救済された金融関係が強化されたことがあげられる。「コロナ恐慌」下でも大手銀の財務状態はリーマン時と比べ格段に良好だ。また、とくに日本では大企業の内部留保は280兆円近くへと3倍に増えた。増加の要因は賃金の抑制と法人税率引き下げだ。デフレ不況下で企業の利益の「使い道」は設備投資でなく、金融投資、自社株買い、企業合併、株主配当に回され、雇用や賃金にはまわらない。
 リーマンショックでは製造業の雇用が減り、以降IT化かそれを加速した。それをサービス業など第三次産業が受け皿となって辛うじて大量失業の顕現は世界的に抑えられてきた。パンデミックはサービス産業を直撃し、米国などでは世界大恐慌以来といわれる失業増大をもたらしている。
 大企業が活性化しても雇用破壊、賃金切り下げ、福祉削減が進めば消費需要はおのずから減退し、ここ数年世界はデフレ不況に陥ってきた。特に日本は二度にわたる消費増税がこれを促進した。逆所得再分配である消費税は小売価格に転嫁できない零細業者を淘汰してきた。
 経済のグローバル化で、この間世界経済のけん引力とされてきた中国だけが成長し続けられるはずはない。米中対立もからみ中国経済は停滞し始めていた。
 こうした世界と日本を、パンデミックは痛打したのである。
 世界の為政者と諸階級の政治勢力は、この事態をどう打開するか根本的な方策を迫られている。それが左への転換か、それとも右への転換か。米国大統領選挙の異様な様相はこうした選択のラディカルさを物語っている。

 階級対立激化する世界
 こうした事態が、政治過程にどう反映しているだろうか。5月20日付『日経』社説はこう指摘した。コロナ関係の財政出動で、「欧米が従業員に配慮する」のは、リーマン危機時に公的資金によって金融機関だけ救済されたが「中間層の雇用や所得は打撃を受けたままで、蓄積した不満がその後、世界的なポピュリズム台頭の下地になった」からというのである。体制側の危機感がうかがえる。
 労働者への「配慮」が十分であるかどうかは別として、各国の財政出動では、日本にくらべれば労働者への直接休業補償から一律現金給付にいたるまで、民衆への支給がはるかに手厚くかつ素早い。米国では従業員の雇用を守る中小企業給付金は54兆円を突破し支援枠8割消化済なのに反して、日本は6月下旬で申請受理がやっと10万件、支給決定にいたっては4万9千件(183億円)だ。
 日本とはことなり、欧米の場合ただちに民衆の反乱として選挙やデモで示されてきたからである。
 欧米では、リーマン・ショック以降、緊縮財政・「小さな政府」、公的セクターの民営化、福祉の削減で荒廃した社会への不満は爆発した。けれどもEUと主要国は金融資本救済に巨額の公費を注入し、債務に苦しむギリシヤなどには冷酷な「緊縮」措置を強いた。民衆の反抗は従前とは異なった様相を呈した。内容的には労働者階級と一握りの資本家階級の対立ではあるが、その形態は左右の対極をとってあらわれた。いわゆる「反緊縮左翼」と「右翼ポピュリズム」であり、そのはざまで伝統的な資本家階級の政治勢力と、時にはそれと連立を組んだ旧型の社会民主主義勢力は凋落した。米国では民主党主流はサンダース派に追い上げられ、一方トランプ大統領という怪物が登場した。
 英国のEU離脱をめぐりコービン労働党党首が退陣し、米国大統領選でサンダースが撤退するなど、反緊縮左翼は一時のように目立ってはいない。しかしフランスの統一地方選でマクロン与党が惨敗し緑の党や左傾化した社会党がのびるなど、底流には変化はない。デマゴギーで支持者を固め、武装右翼集団をも利用するトランプに勝つためには、バイデンもサンダースや民主社会主義集団の力を無視はできない。

 変化を見せる世界の税財政政策
 左右の反抗が欧州諸国の政権をゆさぶっていることは、新型コロナへの対応にも反映した。
 『日経』(3・28)によれば、ECB(欧州中央銀行)が、10月までユーロ圏内の銀行に配当の実施中止、自社株買い中止などを要請し、株主還元より家計・企業支援を優先するよう求めた。同紙(4・1)によれば、英国大手銀も2020年中の配当見合わせを発表。コロナ対策で銀行は資金供給の拡大など援助を受けているので、株主還元は政治的に許されないからという。株主至上主義からの転換に向かう動きである。大企業支援もなされているが、航空会社や自動車会社の救済条件にCO2排出減を求めるなど、環境対策を条件とするのが欧州でひろがっているようだ。
 さらに、所得税累進制強化にとどまらず、金融所得課税や資産課税の新設・強化、労働者の職を奪うAI化への対応として大手IT企業の超過利益への課税(デジタル課税)等が検討されている。民衆の反乱の効果である。
 こうした動向の基調として重要なのは、ドイツやEUの緊縮路線の転換だ。財政均衡に拘泥せず必要な資金を国債発行でまかなうことが、コロナ禍のなかで一般化しはじめた。生活破たんを食い止め命を守ることが政治の優先課題だからである。新型感染症だけでなく、デフレ不況の長期化への対応としても、まっとうな認識である。
 借金は次世代への負担になるからと国債発行を一般的に忌避する俗論は、破壊された生活と社会を次世代に継承するわけにいかないという現実を体験して克服されつつある。
 EU諸国はドイツを先頭に国債発行で大規模な財政出動をおこない、消費税の一時減税を実施する国もある。EUとしても南欧などに緊縮を求めるのでなく、基金を新設しそこから財政困難国への財政移転を可能にすることにした。こうした緊縮方針の転換に際して「多額の債務を負う」ことに、ドイツの世論調査では73%が賛成したと報じられる。
 とはいえこの転換が、税・財政政策として欧米に定着するかどうかはわからない。ただマクロン与党の敗退以降のフランス、メルケル後のドイツ、米国大統領選挙の帰趨などが、階級対立が右翼ポピュリズムに包摂されず左翼的に組織されるか否かを決するであろう。欧米の経済思想界で排斥されてきたケインズ政策やMMTなどの議論が、真面目な議論の対象となってきた。その理論的是非はともかく、「財政再建」を錦の御旗にした民衆の「自粛」「自助努力」の呪縛が世界的に解けはじめたことは、民衆を勇気づけ闘いを活性化し、歴史を前進させるであろう。

 日本はどうか
 日本ではリーマンショック以降、民主党政権の挫折を経て野党の混迷と停滞はむしろ強まり、代わって維新や小池百合子的存在が伸長する様相が続き、都知事選はコロナ禍がそれを促進したことを示した。体制側は民衆無視の政策を続々と俎上にのせている。二度にわたる補正予算も、それと一体の日銀の産業誘導策も、民衆の苦境をあざ笑っている。米国はコロナ対策の事業規模220兆円(4月段階)の約4割が民衆向け給付(個人給付25%、失業給付12.5%)なのに反し、日本の補正予算はテレワーク拡大、行政迅速化、遠隔教育に乗じたデジタル化など産業構造改革にかなりをさいている。また大企業資金繰りのために日本政策投資銀行に5兆円の融資枠を確保。ANA・JAL・日産・マツダなどが要請し、はやくもリーマンショック時(3.3兆円)を越えそうだという。自民党は融資だけでなく大企業への数十兆円の資本注入制度の創設を提言している。日銀は新規国債引き受けだけでなく、株の買い支えに数十兆円を投入する。
 国と日銀の膨大な資金の向かう先の多くが、コロナ対策でも民衆の生活防衛でもなく、産業構造改革の促進である。世界の「反省」とは真逆の方向だ。
 ただ安倍政権が世論に推されて転換したものもある。それは所得制限なしの10万円個人単位給付だ。世帯主の所得制限を付して世帯単位で30万円給付という閣議決定予算案が反発をくらい変更になった。公明党は下部から突き上げられ、総体的な貧困化の中で所得制限の「線引き」がいかに困難かを思い知らされた。しかし、野党も所得制限なしの個人単位給付を求めたものの実生活におされてであって、それを所得再分配強化にたつ財源と一体で国民にアピールしえたとはいえない。とはいえ民衆が一回体験したことは将来のステップになる。
 立憲野党の決意が見えない最大の理由は、消費税減税で結束できてない点にある。「財政赤字」で脅し「財政再建」「福祉切り捨て」とコロナ大衆増税を迫る体制に対し、消費税見直しと法人税率引き上げ、累進制の強化、更には内部留保や資産への課税を真正面からかかげられるかどうか、政治の最大争点となろう。識者からは、企業の内部留保463兆円を償還原資としたコロナ国債発行という案もある。
 東京都知事選挙結果がうかがわせた自民・維新・小池連合のような勢力に対し、新自由主義政策の転換と所得再分配を旗印にした立憲野党連合が形成されるかどうか、憲法の命運をはじめ「コロナ後」の日本を左右する。
   (いしこ やすくに)


●月刊「科学的社会主義」No.267 2020年7月号
   スペイン・インフルエンザと革命ロシア
                              社会主義協会理論部長  野崎佳伸

 速水融の仕事
 新型コロナウイルスの世界的広がりで改めて注目を集めているひとつが、百年ほど前に大流行した「スベイン・インフルエンザ」である。当時の光学顕微鏡ではついにその病原のウイルスを発見できなかった。そして時と共に忘れられていった。戦後、その研究に取り組んだのが米国の歴史家A・W・クロスビーで、彼は1976年に『史上最悪のインフルエンザ―忘れられたパンデミック』を発表した。ところがこの書の日本語訳は2004年にようやく発刊された。それはこの頃、SARSや鳥インフルエンザの脅威があったからである。
 またこの年、歴史人口学者の速水融(はやみ あきら)氏が出版したある著作の中でスペイン・インフルエンザについて触れたところ、「邦語で書かれたほとんど唯一の文献」という指摘があり、氏はがぜん資料収集と分析にあたり、06年に『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』を刊行した。速水氏は日本に歴史人口学を紹介し、またこれを武器に江戸期以降の人口の推移を検証し、「勤勉革命」という概念を提唱、世界的に注目された。その経歴が認められ、1999年には国際人口学研究連合より表彰、また2000年には「文化功労者」として顕彰され、2001年日本学士院会員に選定されている(その後文化勲章も受章されている)。いわば功名を博した後に、これまでの研究内容とはかなり異なる分野にのめりこんでいったのだから、敬服に値する。
 氏は昨年12月に亡くなったのだが、もし存命であれば新型コロナとの戦いに有益な助言を発せられたことだろうと惜
しまれる。

 革命囗シアヘの伝播
 ところでこの速水融氏の著作の第二章の中に次の記述が見られる(57頁)。すなわち「混乱したロシアへは、(1918年)6月にムルマンスクに向け、インフルエンザ病原体を持った将兵が出発し、上陸後インフルエンザ・ウイルスを撒き散らしながら内陸に向かって行進した」。(氏はまた、シベリアに8月から出兵した日本軍が秋には早くも大量に罹患した記事を挙げているがここでは立ち入らない。)
 たったこれだけであるが、筆者にはロシア革命への列強の干渉戦争が彼の地にウイルスを持ち込んだことを確信させた。つまり、新たに第一次世界大戦に参戦した米軍が欧州にもちこんだ可能性が高いこのウイルスは、ドイツ対仏英間の西部戦線の両軍に大混乱をもたらしていたのだが、少なくとも3月のブレスト講和までは東部戦線や新制ロシアに到達していなかったはずで、その後ロシアにとっては短い小康の時期さえあった。
 しかし、これまで目を通したロシア革命史でスペイン・インフルエンザにふれた文献は見たことが無い。それで1919年に亡くなったスヴェルドロフ(享年33歳)と、翌年亡くなったイネッサ・アルマンド(享年46歳)について、もしやと思い調べてみた。すると果たして、ウィキベディアの「スヴェルドロフ」項に、「3月16日、オリョールで流行していたインフルエンザ(スベインかぜ)に罹り、死去した」とある。しかし、彼の死因についての記述は、著者が確かめたなかでは今のところこれだけだ。イネッサについては手元にある文献にあたってみると、1月に感染していたが、死亡は9月で原因はコレラだったようだ。
 内戦期のロシアとスベイン・インフルエンザの関連については先述のとおり資料がほとんど見つけられなかった。レーニン全集の事項索引にも「スベイン・インフルエンザ」または「スベインかぜ」はない。以下、スヴェルド囗フとイネッサ・アルマンドについて偲ぶため、何点かの資料を紹介するに止めざるをえない。大げさな見出しと釣り合うものでないがご容赦を。

 Y・M・スヴェルド囗フ
 ヤーコフ・ミハイロヴィチ・スヴェルドロフ(1885年~1919年3月16日)は、結成当初からボルシェヴィキに所属。1905年革命以降の反動期には流刑と逃亡を繰返した。よって亡命の経験も無かったようで、レーニンらの亡命幹部との面識もなかったはずだ(05年にはまだ20歳)。17年2月革命により流刑先よりペトログラードに戻り、「封印列車」でロシアに戻っていたレーニンらと合流。十月革命後、全露ソヴィエト中央執行委員会議長。ロシア共和国憲法作成委員会議長も兼ねた。だが早世のためもあってか、彼についての本格的な伝記は無いようで、幾人かの思い出が残されているのみである。また、彼の著作も見たことがない。
 レーニンが彼の死を受けて2日後に行った演説の速記が残されている(レーニン全集第29巻78頁)。この演説で彼は、スヴェルド囗フの「革命的献身性」と並んで、「組織者としての卓抜した能力」を称賛している。レーニンは翌年夏に『共産主義における左翼小児病』を出版。この書にはスヴェルドロフの名はないけれども、「ニ ボルシェヴィキが成功した一つの重要な条件」で「プ囗レタリアートの革命党の規律」についての有名な三要件を記す際に、レーニンの脳裏のうちの一人にスヴェルドロフがあったことは疑いない。また、レーニンはこの演説の中で次のように述べた。「革命的暴力が、革命の発展の一定の時期にだけ、一定の特殊な条件がある場合にだけ、必要かつ正当な革命の手段であるということ、これに反して、プロレタリア大衆の組織、勤労者の組織は、この革命のはるかに根深い、恒常的な本性であり、この革命の勝利の条件であったし、いまでもやはりそうである」と。
 A・ルナチャルスキー(1875~1933)の『革命のシルエット/1923年版』(邦訳筑摩書房。1973年)には生存中のレーニンやトロツキーら4人(スターリンの名はない)とは別に、十月革命以降に没した革命家6人の追憶があり、その一人がスヴェルド囗フである(他の5人の死因は別の病気、または暗殺)。また、トロツキーは『レーニン』(1924年。邦訳光文社。2007年など)、及びスヴェルドロフの回想録への寄稿(1925年。邦訳『ニーチェからスターリンへ』所収「スヴェルドロフの思い出」 光文社。2010年)を書き残している。それらによると、スヴェルド囗フという人は大層記憶力が良かったようで、特に無数の活動家の特徴をつかんでおり、十月革命後の適材適所への配置を的確に為したようなのである。
 例えばルナチャルスキーはこう記す。「彼は地下工作の中から、おそらく地下でしか習得できないような、二つの驚くべき資質を身につけたのだった。第一は、党全体についての完璧にして無限の知識であった。そしてこの党を構成していた何万という人びとは、彼によって研究し尽くされているように思われた。まるで党員人名録のようなものを頭の中に記憶していたのである。…第二は、疑う余地のない組織の才能である。…スヴェルドロフをしてわれわれの憲法の作成者たらしめ、誰にも尊敬される全ロシア中央執行委員会の議長、しかも党中央の書記局の主要な指導をもその手中に結合させた議長たらしめるに、十分であったように思われる」。ちなみにこの書はルナチャルスキーの死後、ご多分に漏れず、ずたずたに改ざんされた。
 スヴェルドロフが長生きしておれば、スターリンは決して書記長になれなかったかもしれない、とはある学者の述懐である。

 イネッサ・アルマンド
 イネッサ・アルマンド(1874年~1920年9月24日)はパリで生まれ、幼い時期にはモスクワの祖母宅で育った。レーニンより4歳下。つまり今年はイネッサ没後100年、レーニン生誕150周年なのである。イネッサはレーニンを慕い、愛情を交わしていた関係から、今では日本語で読める文献も多い。但し、ソ連崩壊後の話であり、ソ連時代にはレーニンとの関係は極力、秘匿されていた。レーニン全集の書簡集には含まれない手紙等がソ連崩壊後公表されるようになり(イネッサの日記も)研究が飛躍的に進んだ。彼女はロシア語、フランス語、英語に堪能だったから、活動家としても重宝された。二月革命後にはレーニンと合流し「封印列車」でペトログラードに戻った。
 イネッサは20年1月にスベイン・インフルエンザに罹った。この時のレーニンの一連の手紙(全集未掲載)のひとつに「ひどい時代です。発疹チフス、インフルエンザ、スベインかぜ、コレラ。…」とあり、別の手紙では「現在、スベインかぜが猛威をふるっています。」とある。
 一旦回復したイネッサには、この夏の共産主義インタナショナル第2回大会を前にコロンタイが重病を患ったため、負担が増すことになった。この時、不適切な休養先(カフカス)を指定したレーニンの判断には後世、批判が強い。それでもイネッサは旅先でレーニンの『左翼小児病』について熱く語ったという。結局彼女は9月24日にコレラで死亡。モスクワに遺体が到着したのは10月11日で、翌日葬儀が行われた。この時のひどく狼狽したレーニンを目撃した何人かの証言がある。その証言者はまた、葬儀後レーニンが瞬時にして仕事に戻ったことも記している。(以上、主として『レーニンが愛した女(ひと)』メリニチェンコ著 新読書社 2005年による)。
 革命から内戦へ、そしてクロンシュタット水兵の反乱に至るまで、たくさんの人たちが病死、戦死、餓死する中で、その死因についていちいち強調され記憶されることはなかったのだろう。ソ連でもその後、スベイン・インフルエンザの影響は忘れられ、今またロシアでも新型コロナウイルスで多くの死者を出している。
(のざき よしのぶ)




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